AIに、「健康管理」「1分間」などと、テーマや制限時間を入力すれば、わずか数十秒で、流暢で整ったスピーチ原稿が出来上がる。忙しいときには、これほど便利な道具はないだろう。しかし、その原稿を読んだとき、「文章は立派なのに、なぜか自分の言葉とは思えない。響かない。」と感じたことはないだろうか?
実はこれ、とても大事なことである。どれほど正しく、きれいにまとまった原稿でも、そこに話し手自身の経験や感情がなければ、聞き手の心には届かない。場合によっては、聞き手の置かれた状況や気持ちを読み違え、反発を招くことさえある。
では、AIをスピーチ作成に使わない方がよいのだろうか? そうではない。問題は、AIを使うことではなく、AIにすべてを任せてしまうことである。AIは、あなたの代わりに語る「代筆者」ではない。あなたの中に眠るオリジナルな経験、リアルな感情、かけがえのない価値観という「砂金」を掘り起こし、整理し、磨くための「アシスタント」なのである。
この記事では、まず、AIにスピーチを書かせるメリットとデメリットを整理する。次に、人の心を動かすスピーチには何が必要なのかを明らかにする。そして最後に、AIを活用しながら良いスピーチを作る方法を、「掘る・選ぶ・磨く・届ける」という4つのプロセスに分けて具体的に紹介する。
この記事を読み終える頃には、AIが作った原稿をそのまま使うのではなく、その提案を自分で見極め、自分にしか語れないホンモノのスピーチへと磨き上げる方法がわかるはずである。AIに使われるのではなく、AIを賢く使いながら、あなた自身の言葉で人の心を動かすスピーチを作れるようになるだろう。
I.AIにスピーチを書かせるメリット・デメリット
「明日の朝礼で話す3分スピーチの原稿を『健康管理』というテーマで作ってください」
AIにテーマや制限時間を入力すれば、わずか数十秒で、それらしいスピーチ原稿が出来上がる。導入、本論、結論まで整っていて、敬語の使い方に難点はあるものの、全体的にとても流暢である。忙しい人にとって、これほど便利な道具はないだろう。
しかし、ここで一つの大きなポイントがある。
文章が整っていることと、人の心を動かすことは、同じではない、ということ。
AIを活用する4つのメリット
AIは、使い方さえ間違えなければ、スピーチ作成の心強いアシスタントになる。主なメリットは、次の4つである。
a.原稿作成にかかる時間を短縮できる
何もない状態から書き始めるのは、想像以上に時間がかかる。「最初の一文が思いつかない」「考えがまとまらない」と悩み、白い画面を前にしたまま時間だけが過ぎた経験はないだろうか?
AIにテーマ、目的、聞き手、制限時間などを伝えれば、構成案や初稿を短時間で作成できる。まずはたたき台を用意し、そこから考え始められるため、原稿作成の負担を大きく減らせるのだ。
b.頭の中にある考えを整理できる
伝えたいことはたくさんあるのに、話の順序が決まらないこともある。適切な表現が浮かばないこともある。AIに自分の考えを伝えれば、内容を分類したり、論理的な順序に並べ替えたり、同じ意味の違った表現を出力できる。
また、「この説明でわかりにくい部分はどこか」「聞き手が疑問に思いそうな点は何か」と尋ねれば、自分では気づかなかった問題を発見できる。AIを壁打ち相手にすることで、頭の中にある漠然とした考えを整理して、並べ替えたり、より納得感のある言葉に置き換えたりできるのだ。
c.複数の構成や視点を比較できる
一人で原稿を書いていると、最初に思いついたアイディアや構成にとらわれやすい。しかし、AIなら、同じ内容について複数のアプローチを短時間で提示できる。同じ健康問題でも、金銭とか、年齢の側面などの違った角度、自分では気づきにくい観点からの指摘をもらえる。
他にも、「冒頭に問いかけを入れた案」「体験談から始める案」「結論を先に伝える案」などの違った構成を比較し、その中から目的に合うものを選べる。難しい言葉をわかりやすく言い換えたり、長い文章を短くしたりすることも得意である。
d.聞き手に合わせた調整のヒントを得られる
同じテーマでも、経営者に話す場合と、新入社員に話す場合とでは、伝え方が変わる。聞き手の年齢、立場、知識、関心などをAIに伝えれば、それに合わせた具体例や表現を提案してもらえる。
このように、AIは時間を短縮し、考えを整理し、選択肢を増やすという点では優れている。では、反対側、デメリットを見てみよう。
AIに丸投げする4つのデメリット
a.「誰にでも言える話」になりやすい
AIは、大量の情報と言葉のパターンをもとに文章を作るので、ありきたりな文章になりがちだ。決して、あなたの生きてきたオリジナルの体験を書くことはできない。
あなたがどのような失敗をし、そのとき何を感じ、何を学んだのか。なぜ今、そのメッセージを伝えたいのか。その原点は、AIの中ではなく、あなた自身の中にある。
その材料を十分に与えずに原稿を書かせれば、出来上がるのは、どこかで聞いたような話になりやすい。間違ってないかもしれない。聞こえもよいかもしれない。それでも、「なぜ、この人がこの話をするのか」が伝わらないのだ。
b.話し手自身の言葉が失われる
AIが作成した原稿には、自分が普段使わない言葉や、自分では言いそうにない表現が入り込む。
そのような原稿を声に出すと、どこか借り物のように聞こえる。話し手自身も言葉に実感を持てないため、声や表情に自然な感情が乗らない。いくらきれいにその原稿を読んでも、聞き手はその小さな違和感を敏感に感じ取るものである。
c.聞き手の本当の気持ちを読み違えることがある
スピーチでは、「何を自分が話したいか」だけでなく、「今、この聞き手は何を聞きたいのか」が重要である。
以前投稿した記事「卒業式でAIスピーチにブーイングが起きた理由」では、アメリカの大学卒業式で、スピーカーが、聞き手である卒業生から大ブーイングを受けたことを紹介した。「AIが就職の道を奪っている」と不安に思う学生たちを前に、登壇者がAIの発展を称賛したことが原因だった。内容そのものが間違っていたのではない。聞き手の不安や置かれている状況を十分に理解せずに語ったことが、反発につながったのである。
AIは、聞き手について与えられた情報から予測することはできる。しかし、その場の空気や、聞き手が抱えている複雑な感情まで、完全に理解できるわけではない。最後に聞き手の立場を想像し、リサーチし、言葉を選ぶ責任は、話し手自身にある。
d.AIの提案を評価する力がなければ、かえって迷いやすい
AIは、質問するたびに別の構成や表現を提案できる。しかし、そうやって選択肢が増えることで、必ず良い結果が生まれるとは限らない。
- どの案が聞き手に最も伝わるのか?
- 何を残し、何を削るのか?
- どの言葉が自分らしいのか?
その判断基準がなければ、AIの提案に振り回されてしまう。
さらに、AIは事実と異なる情報や、不正確な引用を示すこともある(ハルシネーション)。内容の確認を怠ると、話し手自身の信頼を損なう危険もある。
問題は「AIを使うこと」ではなく「AIに丸投げすること」
AIで、Good、場合によってはGreatな原稿を作ることができる。原稿作成が速くなる。しかし、文章が整っているだけでは、人の心を揺さぶるスピーチにはならない。そのスピーチに命を吹き込むのは人間だからだ。
だからこそ、AIを「自分の代わりに話す代筆者」にしてはいけない。自分の考えを掘り起こし、整理し、磨くための「アシスタント」として使うことが大切なのである。では、AIには作れない、人の心を動かすスピーチには、どのような条件が必要なのだろうか。
II.人の心を動かすスピーチの条件
流暢で、文法的にも正しく、きれいにまとまっている。それなのに、なぜか心に残らない。そんなスピーチを聞いたことはないだろうか? 反対に、決して話し方が完璧ではないのに、話し手の言葉が胸に響き、いつまでも忘れられないこともある。
この違いは、どこから生まれるのだろうか?
人の心を動かすスピーチに必要なのは、巧みな言い回しだけではない。大切なのは、聞き手を主役にし、自分にしか語れない経験から生まれたメッセージを、相手に届く形で伝えることである。
条件1.聞き手を主役にする
スピーチというと、多くの人は「自分が何を話すか」から考え始める。しかし、最初に考えるべきなのは、「聞いているのは誰か」である。
同じテーマでも、聞き手の年齢、立場、経験、関心によって、心に響く内容は変わる。新しい挑戦に期待を膨らませている人と、将来に不安を感じている人とでは、必要としている言葉が違うからである。すでに、アメリカの大学卒業式の例で述べたように、「話し手が伝えたいことだけを一方的に語っても、聞き手の心は動かない」ということだ。
聴衆の心に響くスピーチをするために、まず、次のように、聞き手を主役に考える必要がある。
- 聞き手は、今、何に悩み、何を期待し、何を恐れているのか
- なぜ、この話を聞く必要があるのか
- 話を聞いた後、どのように変わってほしいのか
聞き手を主役にするとは、相手に迎合することではない。聞き手の立場に立ち、自分のメッセージとの接点を見つけることである。そのために、特に相手のことがよくわからない場合は、よくよく相手を調べないといけない。ここに結構時間がかかるので、私の受講生の方々には、いつも事前にご注意申し上げる点である。
条件2.自分にしか語れない「砂金」を見つけ、表現する
聞き手に合わせることは重要である。しかし、相手が喜びそうな言葉を並べるだけでは、その人にしかできないスピーチにはならない。
そこで必要になるのが、自分の経験の中に眠っている「砂金」である。
失敗して悔しかったこと、誰かの一言に救われたこと、迷った末に決断したこと、困難を通して考え方が変わったこと。こうした経験の中には、自分にしか語れない感情や気づきが埋もれている。それが「砂金」だ。私がスピーチの個人コーチングをする時に、一番気を使うところだ。
人の心を動かすのは、「挑戦することは大切です」というような一般論だけではない。
なぜ自分はそう信じるようになったのか。どのような出来事があり、そのとき何を感じ、どんな気持ちになったのか。その経験を通して、自分はどう変わったのか。そこまで語られて初めて、言葉にその人の体温が宿る。
以前に紹介した、ミセス・グローブ世界大会に挑戦した三好舞さんのスピーチも、その一例である。限られた時間の中で個性を際立たせるために必要だったのは、立派な言葉を外から加えることではなかった。本人との対話を重ね、人生経験の中から、その人にしかない「砂金」を見つけ出すことだったのである。
実体験や苦しみ・葛藤から生まれた言葉には、話し手の信念と人柄が表れる。だからこそ、聞き手は「この人の話をもっと聞きたい」「この人の言葉なら信じられる」と感じるのである。
条件3.One BIG Message®が明確である
ワンビッグメッセージとは、あなたが一番言いたいことを短い言葉(日本語なら20語)で表現したものを指す。これが明確になることで、あなたのスピーチはより相手にわかりやすくなる。
つまり、自分の中から多くの経験や気づきを掘り起こしても、そのすべてをスピーチに盛り込んではいけない、ということだ。
伝えたいことが三つ、四つと増えるほど、聞き手の記憶に残るメッセージは薄くなる。話し手にはすべてが大切に思えても、聞き手は一度に多くのことを受け取れないからである。
良いスピーチとは、たくさんのことを話すスピーチではない。聞き手に最も大切な一つを残すスピーチである。
その中心となるのが、One BIG Message®である。スピーチを聞き終えた人に、たった一つだけ覚えて帰ってもらえるとしたら、何を残したいのか。それを、一文で明確にする。
たとえば、この記事のOne BIG Message®は、次のとおり、シンプルなものだ。
「スピーチをAIと作るには独自性が必須」
つまり、「AIにスピーチを丸投げするな。AIとの対話で自分の中の「砂金」を見つけ、自分の手で磨く。そのプロセスが、人の心を動かすスピーチを生み出す」ということだ。
この中心メッセージが決まれば、何を入れ、何を削るべきかを判断しやすくなる。具体例も、データも、体験談も、すべてOne BIG Message®を伝えるために使うのである。これをはっきりさせた受講生の方々のスピーチ・プレゼンは、すぐに商談が決まるほど、驚くほどの進歩を遂げる。
条件4.ロゴス・パトス・エトスがそろっている
自分にしかない「砂金」とOne BIG Message®が見つかったら、それを聞き手が納得し、共感できる形で伝えなければならない。その判断軸となるのが、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが示した、ロゴス・パトス・エトスである。
ロゴス:内容に納得できる
ロゴスとは、話の論理性である。主張と理由のつながりが明確で、具体例や事実が示されていれば、聞き手は「なるほど、そのとおりだ」と納得できる。
ただし、データや情報を並べるだけでは不十分である。その情報がOne BIG Message®とどのようにつながるのかを、わかりやすく示す必要がある。
パトス:感情が動く
パトスとは、聞き手の感情に働きかける力である。
人は、論理だけで行動するわけではない。話し手の失敗や葛藤、喜び、驚きが伝わる具体的なエピソードに触れると、聞き手は自分自身の経験と重ね合わせる。
ただ「大変だった」と説明するのではなく、そのとき何が起こり、何を感じたのかを具体的に語る。すると、出来事が聞き手の頭の中に浮かび、メッセージが感情とともに記憶に残るのである。
エトス:話し手を信頼できる
エトスとは、話し手の信頼性や人柄である。
肩書きや実績も信頼につながるが、それだけではない。自分の失敗を誠実に語ること、自分を必要以上に飾らないこと、言葉と態度が一致していることも、エトスを生み出す。
AIが作った、自分らしくない言葉をそのまま語れば、話し方に小さな違和感が表れる。反対に、自分の経験から生まれた言葉であれば、声や表情にも自然な確信が宿る。聞き手は、その違いを敏感に感じ取るものである。
ロゴスだけなら、正しいが心に残らない。パトスだけなら、感動しても主張が伝わらない。エトスが欠ければ、内容がよくても信頼してもらえない。この三つが一つのメッセージを支えることで、スピーチに説得力が生まれるのである。
「伝えたいこと」と「聞き手が必要とすること」が重なるとき、心が動く
このように、人の心を動かすスピーチには、四つの条件がある。
- 聞き手を主役にする
- 自分にしか語れない「砂金」を見つける
- One BIG Message®を決める
- ロゴス・パトス・エトスをそろえる
つまり、話し手が伝えたいことを一方的に語るのでも、聞き手に合わせて耳ざわりのよい言葉を並べるのでもない。自分にしか語れないメッセージと、聞き手が今必要としていること。その二つが重なるところを見つけることが重要なのである。
AIは、この作業を助けることができる。しかし、AIがあなたの代わりに「砂金」を持つことも、最も大切なメッセージを最終決定することもできない。
では、AIをどのように活用すれば、自分の中の「砂金」を見つけ、人の心を動かすスピーチへと磨き上げられるのだろうか。次に、「掘る・選ぶ・磨く・届ける」という4つのプロセスを紹介しよう。(後編へ続く)