信元夏代のスピーチ術” 編集長、プロフェッショナルスピーカーの 信元です。
プレゼンが終わった後、「まあまあうまく話せたかな」とほっとした経験はありませんか。でも、そのプレゼンを聞いた相手が、翌週、あなたが一番伝えたかったことを正確に覚えているでしょうか。スピーチの後で「良かったですよ」と言っていただいたのに、何の行動も起きなかった——そんな経験をお持ちの方も、多いのではないかと思います。
私はこれまで、日本企業の経営者やリーダー、ビジネスパーソンのスピーチ・プレゼンを数多くコンサルしてきました。その中で繰り返し目にするのは、ある共通のパターンです。「うまく話せた」と「伝わった」は、まったく別のことです。日本人のスピーチが伝わらない問題は、多くの場合、「話し方」にあるのではありません。「メッセージ設計」の問題なのです。今回は、その根本的な理由と、解決のための考え方をお伝えします。
この記事の内容
この記事でわかること
- 日本人のスピーチが「伝わらない」本当の理由
- 「話し方」を磨いても解決しない構造的な問題
- One BIG Message®という考え方とその効果
- 自分のスピーチを自己診断する3つの問い
- 独学で改善できることと、できないことの境界線
「話し方」を磨いても解決しない、本当の理由
スピーチや話し方に悩む日本人の多くが、まず試みるのは次のような改善策です。
滑舌をよくする、声を大きくする、アイコンタクトを意識する、間の取り方を練習する、緊張を克服しようとする——。
これらはたしかに「デリバリー(伝達の技術)」として大切なことです。でも、私がニューヨークでスピーチを学び始めたとき、コーチのジャニスから最初に徹底的に叩き込まれたのは、全く違うことでした。
コーチング初日、開口一番、ジャニスはこう言いました。
「ナツヨ、あなたはまだスピーチのことを何もわかっていない。言いたいことは何? あれもこれも詰め込みすぎよ。聞き手全員が、あなたのスピーチを聞いた後に答え合わせをしたとしたら、『ナツヨのメッセージは○○だったね』と、みんな同じ答えが出てくるかしら? 出てこないなら何も伝わっていないのよ」
実はその時の私は、かなりの自信を持ってスピーチに臨んでいました。ニューヨーク州の予選をどんどん勝ち抜き、ネイティブの強豪たちに交じって戦っていたのです。「あとは練習あるのみ」と思っていました。
ところがジャニスが指摘したのは話し方ではなく、メッセージの構造でした。言いたいことを絞り込むこと。余計なものを削ぎ落とすこと。聞き手全員が「同じ答え」を出せるような、ただひとつのメッセージに収束させること。これが「伝わるスピーチ」の核心だったのです。
では、なぜ日本人はこの「メッセージの絞り込み」がとくに難しいのでしょうか。
日本語は本来、婉曲的な表現を好む言語です。敬語や丁寧語の存在、察する文化、「以心伝心」を美徳とする価値観——これらは豊かな文化的資産ですが、スピーチ・プレゼンの場では大きな弱点になることがあります。相手に解釈の余地を与えることが、誤解の元になるのです。
さらに、日本の教育やビジネス文化は「情報の網羅性」を重視する傾向があります。報告書は詳細であるほどよい、資料は完備されているほど安心、という環境で育った私たちは、スピーチの場でも無意識に「あれもこれも」と詰め込んでしまいやすいのです。熱意があればあるほど、伝えたいことが増えてしまう。これが「伝わらない」スピーチが生まれる、構造的な理由のひとつです。
「あれもこれも」プレゼンが伝わらないのはなぜか
私がコンサルしたある食品機材メーカーの社長は、展示会でこんなプレゼンをしていました。
弊社の新商品なら、ご自宅でも、レストランと同じ出来たての豆腐が作ることができます!製造時間は10分間ほどですので、レストランや旅館であればお客さまの目の前で豆腐を実演で仕上げられて、エンタメ性も抜群です。豆乳は国産大豆を使用して、クリーミーな豆腐ができます。豆腐に合わせて香味塩も販売していますので、塩で豆腐を食べる新しい楽しみ方もご提案しております。また鍋は特許を取った蒸し効率のよい二重構造になっていて、しかも地場産業の磁器を使っているために地域経済の発展にも貢献しています!
熱意は十分伝わります。商品の良さも本物です。でも、ブースでは「面白いですね」と言っていただけるだけで、実際の商談にはこぎつけられなかったのです。理由はひとつ——メッセージが多すぎて、何も残らなかったからです。
プレゼンで「その他のいろいろな情報」を詰め込みすぎると、情報過多となって、重要な情報の印象が薄れてしまいます。多すぎる情報量のために、本来一番伝えたいことが「空回り」してしまうのです。
そこで私はメッセージを絞り込み、プレゼンを再設計しました。エンドユーザー向けのOne BIG Message®を、こう打ち出したのです。
「老舗豆腐屋の味を店でも家でも10分で」(18文字)
このたったひとつのメッセージに収束させた結果、この企業は現在、世界28ヶ国に進出するようになっています。「20字にOne BIG Message®を絞り込む」—それこそが「伝える」カギなのです。
「オレオレスピーチ」ー「自分視点」という、最大の落とし穴
「あれもこれも」と並んで、伝わらないスピーチに共通するもうひとつの問題が、「自分視点」のスピーチになっていることです。これをブレイクスルーでは、「オレオレスピーチ」と呼んでいます。意図してはいないのに、気づいたら、「オレがオレが」になってしまっている、そんな自分視点スピーチのことです。
ある実業家のオカダさんは、アメリカ市場への事業拡大に向けて、ベンチャーキャピタルへのプレゼンを繰り返していましたが、なかなかいい返事が得られませんでした。プレゼンの内容はこんなものでした。「自分の豊かな事業経験」「各事業分野に精通している広い専門知識」「経営者としての手腕」「自分が導く、事業の明るい見通し」——。資料を拝見した私は、すぐに問題を把握しました。全てのメッセージが「自分視点」で組み立てられていたのです。
投資を得ることが目的なのに、プレゼンの主語がずっと「私(オカダさん)」になっていました。これはビジネスパーソンにとって非常によくある落とし穴です。自分では「オレオレ」のつもりはなくても、気づかないうちに「オレオレスピーチ」になってしまうのです。
ブレイクスルーメソッドでは「聞き手が主役」という原則を大切にしています。よい語り手とは「聞き手」視点で話ができる人であって、「自分が主役」ではありません。スターウォーズで言えば、スピーカーであるあなたはヒーローのルークではなく、ルークをガイドするヨダなのです。
そこで私はオカダさんのプレゼンを、「この事業に投資すると、市場にどういう利益を提供できるのか」という聞き手視点へ転換しました。そして複数の事業に共通する価値を、ひとつのOne BIG Message®に絞り込みました。
「ニッチなニーズを埋める物品調達の専門家」(19文字)
このプレゼンを披露した結果、3億円の投資を獲得できたのです。事業内容は何も変わっていません。変わったのは**「聞き手視点」と「One BIG Message®の絞り込み」**だけでした。
「説得の三要素」——日本人が見落としがちなパトスとエトス
なぜ「聞き手視点」と「メッセージの絞り込み」がそれほど重要なのか。それを理解する上で、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが提唱した「説得の三要素」が参考になります。
アリストテレスは、人を動かすための要素として「エトス(信頼)」「パトス(感情・共感)」「ロゴス(論理)」の三つを挙げました。この三つが揃って初めて、人は頭と心で納得し、行動してくださるのです。ギリシャ時代から人間の本質は変わっていない、と私はつくづく感じます。
多くの日本人ビジネスパーソンのプレゼンは、ロゴス(論理)に偏りがちです。データと数字と根拠を丁寧に積み上げる。それ自体は悪いことではありませんが、パトス——聞き手の感情を動かすストーリーや共感の要素——が欠けているケースが非常に多いのです。
「機能を並べ立てる」プレゼンが、その典型例です。
「このシステムは処理速度が速く、セキュリティが高く、コストパフォーマンスも優れており、UIも使いやすく……」
聞き手のロゴスには届いているかもしれません。でも、パトスは動きません。
なぜなら「それで、私にとって何が変わるのか」「私の仕事はどう楽になるのか」という問いに答えていないからです。
アメリカのGEは社内でこんな言葉を使っています。「Emotional first, rational second(感情が先にきて、理性は二番目に来る)」。
人間は感情が先に動き、その後に理性で判断する生き物です。どんなに論理的に正しいプレゼンでも、まず感情を動かさなければ、人は行動してくださらないのです。
さらに言えば、三要素のどれかが揃っていたとしても、肝心の「伝えたいことがただひとつに絞られていない」状態では、三要素は空回りしてしまいます。伝わるスピーチの核心にあるのは、やはりOne BIG Message®なのです。
伝わるスピーチは才能ではなく設計——今日からできる自己診断
ここまで読んで、「では実際に自分のスピーチはどうなのか」と気になった方も多いかもしれません。設計の話をされても、自分のどこが問題なのか、なかなかわからないものです。
スピーチやプレゼンを作り終えた後に、ぜひ次の3つを自分に問いかけてみてください。
問い1:「このスピーチを聞いた全員が、同じ一文で内容を要約できますか?」
聞き手それぞれが異なる言葉で要約するようであれば、メッセージは分散しています。One BIG Message®が定まっていれば、誰が要約しても「同じ答え」になるはずです。私のコーチだったジャニスが「答え合わせをしたら、みんな同じ答えが出てくるかしら?」と言ったのは、まさにこのことです。
問い2:「このスピーチの主語は誰ですか?」
「私は」「弊社は」「我々は」が主語になっているなら、自分視点になっている可能性があります。「あなたは」「皆さんは」「御社は」に置き換えられるか、考えてみましょう。主語を「聞き手」にするだけでも、プレゼンの印象はガラリと変わります。
問い3:「聞き手は、このスピーチを聞いた後、何を感じ、何をしますか?」
感情(パトス)と行動(アクション)の両方を描けていなければ、たとえ伝わっても動いてもらえません。ブレイクスルーメソッドでは、スピーチのゴールを「Persuade(説得)」「Action(行動喚起)」「Inspire(啓発)」「Notify(伝達)」、「Think(意識改革)」のいずれにするかを最初に決めることを勧めています。ゴールが明確であれば、メッセージ設計の方向性も自然に定まってきます。
この3つの問いに明確に答えられない場合、問題は「話し方」にあるのではなく、メッセージ設計の段階にあります。
なお、独学でできることには限界があります。
自分のスピーチのどこにメッセージの分散があるかを、話し手本人が正確に診断することは非常に難しいのです。
私自身も、スピーチ大会で予選を勝ち抜き、かなりの自信を持っていた状態で、ジャニスに「あなたはまだ何もわかっていない」と言われました。人は「伝えたつもり」のことを「伝わった」と誤認しやすいものです。メッセージ設計の精度を高め、説得力のある構造の習得には、やはり体系的な学びが力になります。
伝わるスピーチは、話し方より先にメッセージ設計から始まります
この記事でお話しした通り、日本人のスピーチが伝わらない理由は、大きく3つあります。
ひとつは、「あれもこれも」とメッセージが多すぎて分散してしまっていること。
ふたつ目は、聞き手ではなく「自分視点」でスピーチを組み立ててしまっていること。
そして3つ目は、ロゴス(論理)に偏りすぎて、パトス(感情・共感)が欠けていることです。
いずれも、「話し方」ではなく「メッセージ設計」の問題です。
解決の糸口はシンプルです。まず「聞き手は誰か」「聞き手にとってのメリットは何か」「なぜ自分が話すのか」「聞き手にどう行動してほしいか」——この4つの問いを最初に自分に問いかける。そしてその答えを踏まえて、たったひとつのOne BIG Message®を20文字以内で絞り込む。この順序を変えるだけで、スピーチは根本から変わります。
有名なキャッチコピーを思い出してみてください。「やめられない、とまらない、かっぱえびせん」(18文字)。「インテル、入ってる」(8文字)。「お金で買えない価値がある」(12文字)。これらはほぼ全て20文字以内です。短いからパワフルなのではありません。パワフルなメッセージを絞り込んだ結果として、短くなっているのです。
努力が足りないのではありません。努力の方向が「話し方」に向いてしまっているのです。伝わるスピーチは、才能ではなく設計です。 設計を変えれば、あなたのスピーチは必ず変わります。
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