信元夏代のスピーチ術” 編集長、プロフェッショナルスピーカーの 信元です。
11月4日、ニューヨーク市の新市長が選出され、当選した34歳のゾハラン・マムダニ氏が、当選演説を行いました。
ゾハラン・マムダニの当選演説は、単なる政治的勝利の宣言ではありませんでした。それはニューヨーク市という大都市のアイデンティティと未来像を再定義するスピーチでした。私はこれを、プロのスピーカーとして ブレイクスルー・メソッド(Breakthrough Method™*) の観点から分析します。
*ブレイクスルー・メソッドとは、スピーチを「意図/構造/共有価値/感情の起点」として設計し、聴衆と話者の関係に前進的なブレイクスルー(突破)をもたらすためのスピーチ構成フレームワークです。
ゾハラン・マムダニ氏とは、どんな人物なのか?
Zohran Mamdani(ゾハラン・マムダニ)氏は、2025年ニューヨーク市長選で当選した、新世代の政治家です。
ムスリムであり、移民のバックグラウンドを持ち、民主社会主義を掲げる存在として、これまでの「市長像」とは大きく異なる立ち位置から支持を集めてきました。
彼の特徴は、政策の中身だけでなく、言葉の使い方そのものが非常に戦略的であることです。
今回の勝利演説も、単なる当選報告ではありません。
「この街は、誰のものなのか」
「政治とは、誰が動かすものなのか」
その問いを、市民一人ひとりに投げかけるスピーチでした。
まずこちらが、当選演説の全文の書き起こしです:
The sun may have set over our city this evening, but as Euge…
冒頭7秒で空気をつかんだオープニング
― 引用句オープニング × 7秒〜30秒ルール
このスピーチが「最初から強かった」理由は、冒頭にあります。
The sun may have set over our city this evening, but as Eugene Debs once said,
“I can see the dawn of a better day for humanity.”
ブレイクスルーメソッドでは、スピーチの冒頭を戦略的に構成していきます。7秒30秒ルール、と呼んでいるもので、話し手の印象は、最初の7秒で決まり、30秒で、この先の話が聞くに値するかどうか判断される、というルールです。
7秒で強い印象を与えるための「7つのオープニング手法」をブレイクスルーメソッドでは教えていますが、そのひとつである引用句オープニングは、使い方を間違えると知識披露で終わってしまいます。
しかし、マムダニ氏の使い方は見事です。
まず、「The sun may have set over our city this evening(今宵この街では日が暮れた)」と、演説が夜であったことと、今のニューヨーク市の苦しさや停滞を示唆したうえで、ユージン・デブス氏の引用句「I can see the dawn of a better day(より良い日の日の出が見える)」を持ってきたところが、実にうまい。
Eugene V. Debs(ユージン・V・デブス)は、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したアメリカの労働運動家・社会主義指導者です。
もともとは鉄道労働者で、労働組合の指導者として頭角を現しました。資本家や権力者のためではなく、働く人々の尊厳と権利を守る政治を一貫して訴えた人物です。アメリカ大統領選には5回出馬し、そのたびに「希望」「連帯」「人間の尊厳」を軸としたメッセージを掲げました。
特に象徴的なのが、第一次世界大戦への反対を理由に投獄されながらも、大統領選に立候補したというエピソードです。その姿勢は、「信念は立場や状況に左右されない」という強いメッセージとして、今も語り継がれています。
デブスの言葉は、
-
苦しい時代にこそ希望を手放さないこと
-
社会は上から与えられるものではなく、人々の連帯で変えられること
を象徴しています。
だからこそ、マムダニ氏が勝利演説の冒頭で彼の言葉を引用したのは非常に戦略的でした。
それは、「希望は理想論ではなく、歴史の中で何度も選ばれてきた価値だ」と、聴衆に一瞬で伝えるための、非常に戦略的な引用だったのです。
最初の7秒で関心をつかみ、30秒以内に「聞き続けたい」と思わせる。
その条件を、完全にクリアしている、見事なオープニングです。
ワンビッグメッセージ®が驚くほど明確
マムダニ氏は、政策の話に入る前に、政治の定義そのものを塗り替えています。彼は次のような対比を何度も使っています。
For too long, politics has been something done to us, not something done by us. (長い間、政治は「私たちがするもの」ではなく、「私たちに対して行われるもの」でした)
Tonight, New Yorkers have shown that we are ready to govern this city together. (今夜、ニューヨーカーたちは示しました。私たちは”共に”この街を統治していく準備ができている、と。)
The future of this city belongs to the people who live and work here. (この街の未来は、ここで生活し、働く人々の手にあるのだ)
- これまでの政治は「to us」だった
- しかし今、「by us」に変わった
- その主体は「あなたたち(市民)」だ
このメッセージから伝わってくる明確なワンビッグメッセージ®は、とてもシンプルです。
「政治は、誰かに“してもらうもの”ではない。私たち自身が“するもの”だ。」
ブレイクスルーメソッドでは、ワンビッグメッセージは単なる「覚えやすい一文」ではなく、スピーチ全体を引っ張る重力だと考えます。
この演説は、まさにその好例です。
3のマジックによるクロージング
オープニングが秀逸でも、クロージングが尻切れトンボでは元も子もありません。マムダニ氏の演説は、これまた戦略的なクロージングで締められています。
― Together を「3回」重ねる設計
スピーチ終盤、マムダニ氏はこう締めくくります。
Together, New York, we’re going to freeze rent.
Together, New York, we’re going to make buses fast.
And together, New York, we’re going to deliver universal childcare.
これは偶然でも、勢いでもありません。
ブレイクスルーメソッドでいう、「3のマジック」が、極めて意図的に使われています。
「3のマジック」とは何か
ブレイクスルーメソッドでは、
人の脳と感情に最も深く刻まれる反復回数は「3」
と定義しています。
-
1回:聞こえる
-
2回:理解される
-
3回:記憶に焼き付く
このクロージングでは、Together というキーワードを、まったく同じ構文で3回繰り返しています。
しかも、毎回「New York」と呼びかけることで、メッセージの矢印は常に 聞き手側 に向いています。ブレイクスルーメソッドの、「聞き手視点」です。
もし彼がこう言っていたらどうでしょう。
I will freeze rent.
My administration will make buses fast.
I will deliver childcare.
これは、よくある政治的クロージングです。でもそれでは「自分視点」になってしまいます。
このスピーチのワンビッグメッセージは、
政治は、誰かが「やってくれる」ものではない
私たちが「一緒にやる」もの
でした。
だからこそ、
-
I でも
-
My government でもなく
-
Together
なのです。
このTogetherという一語に、クロージングにおけるワンビッグメッセージが集約されているのです。
更に、この3連呼のTogetherは、それぞれ異なる役割があるのです。
ー3つの「Together」が果たしている役割
- Together, New York, we’re going to freeze rent.
→ 生活の「痛み」に直接触れる約束 - Together, New York, we’re going to make buses fast.
→ 日常の「不便」を変える約束 - Together, New York, we’re going to deliver universal childcare.
→ 未来世代への「投資」の約束
つまり、
-
今
-
毎日
-
未来
を、3つでカバーしているのです。
これにより聴衆は、
「これは理念の話ではない」
「自分の生活に関係がある」
と、具体的に感じることができます。
ーなぜ、このクロージングは「強烈なのに、うるさくない」のか
多くのスピーチでは、クロージングで声を張り、感情を煽りがちです。
しかしマムダニ氏は、
-
同じ構文
-
同じ語順
-
同じリズム
を淡々と繰り返します。
これは、「確信を積み重ねる」 クロージングです。
だから聴衆には、高揚感ではなく、腹落ちが残るのです。
これからの時代に求められるリーダーのスピーチとは何か。
そのヒントが、マムダニ氏の当選演説に詰まっています。
