「信元夏代のスピーチ術」編集長 信元です。
アメリカ時間2025年1月5日、ゴールデングローブ賞授賞式が開催されました。
この授賞式で私が注目したのは二人の女性です。
1人は、女優のデミ・ムーア、そしてもう一人は、授賞式のホストを務めた、コメディアンのニッキー・グレイザーです。
”ポップコーン女優”と呼ばれたデミ・ムーアの秀逸な受賞スピーチ
俳優として45年以上のキャリアを持ちながらも初めて主演女優賞を受賞したのは、映画「ゴースト」で良く知られる、デミ・ムーアでした。
受賞スピーチには、関係者たちの名前を挙げ、感謝を述べるのが通常ですが、それはブレイクスルー・メソッドで言うところの、”非礼なる礼儀”に当たってしまいます。
”非礼なる礼儀”については、2024年のエミー賞で真田広之さんが行った受賞スピーチの分析記事にて解説しています。こちらをご参照ください:
第82回ゴールデングローブ賞授賞式で、デミ・ムーアが45年以上の俳優キャリアの中で初めて賞を受賞しました。その受賞スピーチは、明らかに準備したものではなく即席であったにもかかわらず、ストーリー性とメッセージ性が秀逸でした。もう一人、授賞式で光っていた人物は、司会者のニッキー・グレイザーです。それぞれどんな点が秀逸だったのか、プロスピーカーの視点から解析し、今回の授賞式から学べるスピーチのコツをお話しします。
ところが、デミ・ムーアの受賞スピーチは、「賞など取ることはない」と思っていた(なぜそう思っていたのかはスピーチの中で明かされます)彼女の動揺した様子から、明らかに即席で行ったスピーチだと伝わってきましたが、それにもかかわらず、紙を一切見ることもせず、ストーリー性とメッセージ性が秀逸な2分24秒のスピーチに仕上がっていました。
まずは受賞スピーチの全文を、映像と文字の両方で見てみましょう。
”ポップコーン女優”と呼ばれて
Oh wow. I really wasn’t expecting that. I’m just in shock right now. I’ve been doing this a long time, like over 45 years and this is the first time I’ve ever won anything as an actor. I’m just so humbled and so grateful.
30 years ago I had a producer tell me that I was a “popcorn actress”, and at that time, I made that mean that this wasn’t something that I was allowed to have, that I could do movies that were successful, that made a lot of money, but that I couldn’t be acknowledged. And I bought in, and I believed that, and that corroded me over time, to the point where I thought a few years ago that maybe this was it, maybe I was complete, maybe I would I’ve done what I was supposed to do.
And as I was at kind of a low point, I had this magical, bold, courageous, out of the box, absolutely bonkers script come across my desk called The Substance, and the universe told me that you’re not done.
I’ll just leave you with one thing that I think this movie is imparting is in those moments when we don’t think we’re smart enough or pretty enough or skinny enough or successful enough, or basically just not enough.I had a woman say to me, ‘Just know you will never be enough, but you can know the value of your worth if you just put down the measuring stick.’ And so today, I celebrate this as a marker of my wholeness and of the love that is driving me and for the gift of doing something I love and being reminded that I do belong. Thank you so much.
(以下日本語訳)
まさか本当に。これほど驚いたことはありません。今はただ、完全にショック状態です。私はもう長い間この仕事をしてきました。45年以上になります。でも、俳優として受賞するのはこれが初めてなんです。とても謙虚な気持ちで、心から感謝しています。
30年前、プロデューサーから『君はポップコーン女優だ』と言われました。そのとき私は、それが私の限界だと受け入れてしまったんです。私は成功し、お金を稼げる映画には出演できるけど、評価されることはないと。その考えを信じてしまい、それが徐々に私の心を蝕んでいきました。そして数年前には、もうこれで終わりかもしれない、私はやり遂げるべきことをすべて終えたのかもしれないと考えるようになっていました。
そんな低迷していた時、私の元にとんでもなく斬新で大胆で勇敢で、型破りで、完全にぶっ飛んだ脚本が届きました。それが『ザ・サブスタンス』です。そして、宇宙が私に『まだ終わってない』と教えてくれました。
この映画が伝えていることのひとつは、私たちが自分に対して『頭が良くない』『きれいじゃない』『細くない』『成功していない』、つまり『十分ではない』と感じる瞬間についてです。
ある女性が私にこう言ってくれました。『“十分”になることは決してできないけれど、(他人の)定規を置けば、自分の価値を知ることができる』と。今日、私はこれを自分の“完全さ”の証として祝います。そして、私を突き動かしている愛を祝福し、好きなことをするという贈り物、そして自分がこの場にふさわしいと改めて思い出させてくれたことに感謝します。
本当にありがとうございました。
”ポップコーン女優”とは、軽くて深みがない、娯楽性に重きを置いた作品に出演することが多い女優、という意味合いです。映画館での軽いおやつであるポップコーンになぞらえて、観客を楽しませるためのエンターテインメント性が強い作品に出演する女優のことを指し、演技力や芸術性が低く、深みや挑戦的な役柄に取り組むことができない、または評価されにくいという偏見が含まれる表現です。
デミ・ムーアの受賞スピーチから学べる、2つのマネしたいポイント
パーソナルな体験からストーリーを語る
そんな、”ポップコーン女優”と呼ばれた過去の体験を、誰を揶揄することもなく、あくまで自分自身のパーソナルな体験としてストーリーを語った、というところが、まず評価できる点です。
優れたストーリーの種は、ブレイクスルー・メソッドでは「4つのF」にある、とお話ししています。
4つのFとは、
- Failures(失敗)
- Flaws(欠点)
- Frustrations(落胆、イライラなど)
- Firsts(初めての体験)
です。詳しくはこちらの記事をご参照ください:
第82回ゴールデングローブ賞授賞式で、デミ・ムーアが45年以上の俳優キャリアの中で初めて賞を受賞しました。その受賞スピーチは、明らかに準備したものではなく即席であったにもかかわらず、ストーリー性とメッセージ性が秀逸でした。もう一人、授賞式で光っていた人物は、司会者のニッキー・グレイザーです。それぞれどんな点が秀逸だったのか、プロスピーカーの視点から解析し、今回の授賞式から学べるスピーチのコツをお話しします。
人は、他人の成功話よりも、失敗話や苦労話に共感するものです。
壇上でスピーチをするというだけで、なんだか自分とは違う「すごい存在」だから、話には感化されるけれども所詮は他人ごとだろう。
…と感じてしまいます。
しかし自分の失敗談や欠点がもたらした出来事、落胆したこと、あるいは初めて何かを体験したときのこと…などを赤裸々に話すことで、「ああ、自分と同じじゃないか!」と共感することが出来るのです。
デミ・ムーアの、「ポップコーン女優」のストーリーは、まさに、FrustrationやFlawで、多くの人の共感を誘うものでした。
更に彼女のスピーチが非常に巧みであった理由は、長い導入を入れることも、”ストーリーをお話しします’”という前置きをすることもなく、早い段階から、ストーリーに突入している、という点が一つ挙げられます。
「30年前、プロデューサーから『君はポップコーン女優だ』と言われました。」と語り始めたことで、”ストーリーが始まった”、と観客全員に伝わっただけでなく、ショッキングなステートメントからストーリーを始めたことで、聞き手はグッとそのストーリーに引き込まれるのです。
明確なワンビッグメッセージを軸にストーリーを語る
どんな素晴らしいストーリーを語ったとしても、そこにメッセージ性がなければ、印象に残るストーリーにはなりません。
これだけは必ず持ち帰ってもらいたいたった一つの大きなメッセージのことを、ブレイクスルー・メソッドでは「ワンビッグメッセージ®」と呼んでいます。
デミ・ムーアのストーリーには、明確なワンビッグメッセージ®がありました。それは、
Know the value of your worth
つまり、「他人の定規で自分の価値を量ったり、自分はまだまだ足りない、十分でない、と思わずに、自分は価値ある人間だと知ろう」、というメッセージです。
そしてこのメッセージはまさに、彼女が今回主演女優賞を初受賞するきっかけとなった映画、The Substanceのメッセージでもあります。
つまり、ベン図で表すならば、デミ・ムーアの個人的な体験談が一つの円、そして出演映画が伝えたいメッセージがもう一つの円、その重なった部分が、今回の受賞スピーチでのワンビッグメッセージ®、という図式になっています。
非常に戦略的かつ効果的な、メッセージ性の高いストーリーに仕上がっています。
絶賛された司会者・ニッキー・グレイザー
ニッキー・グレイザーについて知っている方は日本ではあまり多くないかもしれません。
ニッキー・グレイザーは、アメリカのコメディアン、司会者、女優で、鋭いユーモアと大胆なジョークで人気を博し、特にローストイベント(*)やテレビ司会で活躍しています。観客を笑わせる一方で、社会的テーマにも触れる鋭い洞察力が評価されている人物です。
(*)ローストイベントとは、有名人や著名人を対象に、彼らの特徴やエピソードをジョークや皮肉を交えて面白おかしくからかう形式のイベントのことで、アメリカのエンターテイメント文化の一環でもあります。対象となる人(ロースティー)に敬意を払いつつ、彼らの失敗や癖、スキャンダルなどをユーモアたっぷりに取り上げるのが特徴です。挑発的なユーモアが中心ですが、参加者の間に一定の信頼関係が求められる場でもあります。
今夜はあなたたちをローストするために来たのではありません。本当にどうやってローストできるでしょうか? あなたたちは皆、とても有名で、とても才能があり、とても影響力がある。何でもできる人たちですよね。ただ、国民に誰に投票すべきかを伝えること以外はね。
冒頭から見事なローストです!
そして、約3時間の生放送中、彼女は軽めのトーンを維持しつつ、会場の笑いを誘いながらも昨年の失敗を大きく挽回し、ゴールデングローブ賞の司会を見事に務めました。
ここで特筆すべきなのは、彼女が「ただジョークを書いて、うまくいくことを祈った」ということではない点です。彼女はゴールデングローブ賞のステージに立つまでに、このモノローグを93回練り直した、と言われています。
ニッキー・グレイザーから学べる、1つのマネしたいポイント
大半の人たちの失敗パターン
みなさんは、重要な案件を左右する大事なプレゼンを、どれくらいの回数リハーサルしますか?
こんなアプローチをしていませんか?
📝 ドキュメントに書き、数回読み返して「完成」とする
🤐 実際に声に出してみない
⚠️ 部屋の中や自分の声での響きを感じない
🪽 または即興で済ませる(「自分は即興の方が得意だから」と言い訳する)
でも本当は、優れたコミュニケーションは「書かれる」だけではなく、「ワークショップされる」ものです。
紙上でメッセージを知っているだけでは十分ではありません。それを呼吸し、話し、動きと共に体現する必要があります。そうすることで、ぎこちない部分と本物に感じられる部分が分かるのです。
でもこれには、永遠に時間をかければよいというものでもありません。戦略的・効果的に行う必要があります。
93回のリハーサルを戦略的に実行
ニッキー・グレイザーは、今回のゴールデングローブ授賞式の司会のため、数か月にわたり、小規模な会場でテストを重ね、調整し、改良を繰り返しました。タイミングを体感し、ジョークがウケたときと間が必要なときの感覚を掴み、言葉を自分の身体で馴染ませていきました。
さらに、彼女はフィードバックを得る相手にも戦略的でした。ジミー・キンメルやセス・マイヤーズといった信頼できる仲間から助言を受けたそうですが、フィードバックを得る相手は誰でもいいわけではありません。誰に意見を求めるかが重要なのです。その相手とは、1)その分野での知識や経験が豊富で、2)あなたが求めているフィードバックを的確に提供してくれる分析力があり、そして、3)個人的にも信頼できる相手、である必要があります。
その結果、彼女のパフォーマンスは「努力していないように見える」ものとなったのです。でも実際は、綿密に意図されたものでした。
プレゼンをゼロから作り、効果的にリハーサルを行うまでのプロセスを、先日5版目の重版が決定した「20字に削ぎ落とせ~ワンビッグメッセージで宛を動かす」(朝日新聞出版)で詳しく解説していますので、更に学びたい方は是非ご参照なさってください。特に、効果的なリハーサル手法については、同書の「第5章プレゼンの出来を左右するデリバリー」の中の、「劇的に変わるリハーサル方法」で解説しています。
次の大きなスピーチ、プレゼンテーションに臨む前に、次の3つを実践してみてください:
📣 実際に声に出してみてください
🥱 エネルギーが落ちる箇所を感じてください
🪄 ワークショップして改善してください
ニッキー・グレイザーがゴールデングローブ賞授賞式で見せてくれたように、「努力していないように見える」パフォーマンスは、93回練習したからこそ実現するものなのです。