絶賛スピーチに改善余地?スピーチ界のアカデミー賞受賞プロが真田広之の1分スピーチを劇的改善

「信元夏代のスピーチ術」編集長 信元です。

2024年9月15日(現地時間)に開催された第76回エミー賞において、ドラマシリーズ『SHOGUN 将軍』は、史上最多となる18部門で受賞する快挙を達成しました。

この中で、俳優の真田広之さんは『SHOGUN 将軍』で主演の吉井虎永役を務めると同時に、プロデューサーとしても参加されました。日本文化の正確な描写にこだわり、衣装や所作など細部に至るまで監修し、作品の完成度向上に大きく貢献した、と言われていますが、その真田さんは、授賞式において、主演男優賞のスピーチを英語で、そして、作品賞のスピーチの一部を日本語で行いました。

主演男優賞のスピーチはたった1分、96ワードで構成されていました。

私が普段プロフェッショナルスピーカーとして行う基調講演は、60分前後ですので、それに比べると1分のスピーチなんてどんなに簡単なことか!とお思いかもしれません。
が、スピーチは、短いものの方が、長いものよりも構成が難しいのです!なぜなら、本当に大切なメッセージ以外、すべてそぎ落とす必要があり、何を残して何をそぎ落とすのか、を考えるのは至難の業だからです。しかも、たった1分ですから、1秒、1語たりとも無駄にはできません。更に言うならば、受賞スピーチは、感情が急激に高まっている中で行うものですから、その状況での1分スピーチは相当ハードルが高いことがお分かりかと思います。ましてや、外国語である英語で行うスピーチならなおさらです。
それを考えると、真田さんの英語での受賞スピーチは、自分のことばで、全く違和感なくスムーズに語れており、称賛に値するものだったと言えるでしょう。

原文

Thank you, thank you so much. Oh my goodness. Ah, I’m beyond honored to be here with amazing nominees. And thank you for FX, Disney and Hulu for believing in me. And thank you, my team, for always supporting me. And thank you for all the crew and cast of ‘Shogun.’ I’m so proud of you. It was an East-meets-West dream project, with respect. And ‘Shogun’ taught me that when people work together, we can make a miracle. We can create a better future together. Thank you so much! (96 words)
(ありがとうございます、本当にありがとうございます。ああ、なんてことでしょう。素晴らしいノミネートの皆さんとここにいられることを非常に光栄に思います。私を信じてくれたFX、ディズニー、そしてHuluに感謝します。そして、いつもサポートしてくれる私のチームにも感謝します。「将軍ーShogunー」の全てのスタッフとキャストの皆さん、ありがとうございます。皆さんをとても誇りに思います。これは東西が出会う夢のプロジェクトで、敬意を持って取り組みました。「将軍ーShogunー」は、人々が協力するとき、奇跡を起こせることを教えてくれました。私たちは一緒により良い未来を創り出すことができます。本当にありがとうございました!)

受賞を想定してスピーチは準備していたと推察されるものの、やはり受賞が決まった直後は、感動の波が押し寄せて、準備していた通りには言葉が出てこないものでしょう。でも真田さんはさすが俳優、存在感があり、熱く深い感動のスピーチ、のように聞こえます。

が、その上であえて言うならば、それは俳優ならではのデリバリー力に助けられたところが大きい、と言えます。

冷静に構成面を分析してみると、大きく二つの課題点が挙げられます。

課題点①:非礼なる礼儀

この真田さんのスピーチは、たった60秒のうち、約40秒がお礼に使われており、肝心のメッセージは20秒足らずとなってしまっています。

これは、ブレイクスルーメソッドで言うところの、「非礼なる礼儀」に当たります。

非礼なる礼儀」とは、礼儀正しく敬意を払おうという意図とは裏腹に、聞き手にとってはどうでも良い内容となってしまい、聞き手のことをあまり考えていない内容(ゆえに非礼)になってしまっている、という状態を指します。

2024年9月27日に行われた自民党総裁選の決選投票時の高市早苗氏のスピーチにもこの傾向が見られました:

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第76回エミー賞において、「SHOGUN 将軍」が史上最多となる18部門で受賞する快挙を達成し、主演およびプロデューサーである真田広之さんが受賞スピーチを行いました。それは1分、96ワードという短いスピーチで、巷では大いに絶賛されています。が、日本人で唯一、スピーチ界のアカデミー賞ともいわれるCSPを受賞したプロスピーカーの視点から言うと、改善点がいくつか見られます。全く同じ文字数で、真田さんのスピーチを改善してみました。過去の秀逸な受賞スピーチ分析も合わせてご覧ください。

もちろん、授賞式のスピーチにはお礼は欠かせないものです。が、お礼は約20秒程度に抑え、大事なメッセージに40秒くらいかけたいものです。エミー賞やアカデミー賞などの授賞式の場は、大切なメッセージを世界に向けて発信できる絶好の舞台であることも忘れてはなりません。

それが次の課題点です。

課題点②:聞き手視点でのワンビッグメッセージ®の弱さ

おそらく、この1分スピーチの中で、真田さんが最も伝えたかったメッセージは、

「人々が協力するとき、奇跡を起こせることを教えてくれました。私たちは一緒により良い未来を創り出すことができます」

だったのではないかと思います。

素敵なメッセージです。が、惜しい点は、自分(あるいは自分たち)が主語であるために、聞き手が自分事として捉えるメッセージになっていない、という点です。

ブレイクスルー・スピーキングで何よりも大切にしている「聞き手視点」については、豊田章夫氏のスピーチ分析の記事でも解説しています:

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第76回エミー賞において、「SHOGUN 将軍」が史上最多となる18部門で受賞する快挙を達成し、主演およびプロデューサーである真田広之さんが受賞スピーチを行いました。それは1分、96ワードという短いスピーチで、巷では大いに絶賛されています。が、日本人で唯一、スピーチ界のアカデミー賞ともいわれるCSPを受賞したプロスピーカーの視点から言うと、改善点がいくつか見られます。全く同じ文字数で、真田さんのスピーチを改善してみました。過去の秀逸な受賞スピーチ分析も合わせてご覧ください。

スピーチは自分のためにするものではありません。聞き手のためにするものです。たった1分であっても、受賞スピーチは世界中の人々に向けてメッセージを発信できる絶好の場ですから、関係者へのお礼だけでなく、是非「聞き手視点」で、人々の心に響く、インパクトあるワンビッグメッセージ®を伝えたいものです。

過去に、受賞スピーチで、インパクトあるユニークなメッセージを発信する場として活用した俳優は少なくありません。

ワンビッグメッセージ®が秀でていた受賞スピーチ例

2019年アカデミー賞 Best Original Song賞受賞 レディー・ガガ

(スピーチは2’05″から始まります)

この受賞スピーチの中でLady Gagaは、次のようなメッセージを伝えています:

If you are at home and you’re sitting on your couch and you’re watching this right now, all I have to say is that this is hard work. I’ve worked hard for a long time, and it’s not about winning. But what it’s about is not giving up. If you have a dream, fight for it. There’s a discipline for passion. And it’s not about how many times you get rejected or you fall down or get beaten up. It’s about how many times you stand up and are brave and you keep on going.

(もしあなたが今、自宅でソファに座ってこの瞬間を見ているとしたら、伝えたいことが一つあります。それは、これは簡単なことではなく、長年努力してきた結果だということです。しかし、勝つことが全てではありません。大切なのは、決して諦めないことです。もしあなたに夢があるなら、その夢のために闘ってください。情熱には規律が必要です。何度拒絶されようと、倒れようと、打ちのめされようと重要なのは、何度でも立ち上がり、勇気を持って歩み続けることです。)

”夢に向かい勇気をもって歩み続けなさい”という、聞き手に向けてインスピレーションを与えるワンビッグメッセージ®が非常に強く伝わってくる感動のスピーチでした。

2023年アカデミー賞 Best Actress賞受賞、ミシェル・ヨー

(スピーチは1’38″から始まります)

アジア人女性として初めて主演女優賞を受賞し、歴史を塗り替えたミッシェル・ヨーは、世界中のマイノリティー(とくにアジア人)の子供たち、そして「高齢」とされる女性たちに向けて、次のようにエンパワメントのメッセージを伝えました。

 

For all the little boys and girls who look like me watching tonight, this is a beacon of hope and possibilities. This is proof—dream big—and dreams do come true….

And ladies, don’t let anybody tell you you are ever past your prime. Never give up.
(今夜、テレビを見ている私に似た(アジア人の顔をしているという意味合い)小さな男の子や女の子たちへ、これは希望と可能性の灯りです。これは証明です——大きな夢を抱いてください——夢は叶います。そして、女性たちへ、誰にも「あなたはもう旬を過ぎている」なんて言わせないでください。決して諦めないで。)

しっかりと「聞き手視点」でメッセージが紡がれているのがお分かりでしょう。

2016年アカデミー賞主演男優賞受賞 レオナルド・ディカプリオ

(スピーチは0’40″から始まります)

レオナルド・ディカプリオの受賞スピーチは、自身が真剣に取り組む環境問題に触れ、世界の人々に向けて強い社会的メッセージを伝えるというユニークなものでした。

And lastly, I just want to say this: Making The Revenant was about man’s relationship to the natural world. A world that we collectively felt in 2015 as the hottest year in recorded history. Our production needed to move to the southern tip of this planet just to be able to find snow. Climate change is real, it is happening right now. It is the most urgent threat facing our entire species, and we need to work collectively together and stop procrastinating. We need to support leaders around the world who do not speak for the big polluters, but who speak for all of humanity, for the indigenous people of the world, for the billions and billions of underprivileged people who will be most affected by this. For our children’s children, and for those people out there whose voices have been drowned out by the politics of greed.
(最後に、これだけは伝えたいと思います。映画『レヴェナント』の制作は、人間と自然界との関係を描いたものでした。2015年は、記録史上最も気温が高い年となり、私たち全員がその変化を感じた年でした。私たちの制作チームは雪を見つけるために、この地球の南端にまで移動しなければなりませんでした。気候変動は現実のものであり、まさに今、この瞬間にも進行しています。これは人類全体が直面する最も緊急の脅威であり、私たちは一丸となって行動し、先延ばしにするのをやめる必要があります。私たちは、大規模な汚染者のためにではなく、全人類のために、世界中の先住民族のために、そして最も深刻な影響を受けることになる数十億もの恵まれない人々のために声を上げる指導者たちを支援しなければなりません。未来の子供たちのために、そして貪欲な政治により声をかき消されてしまった人々のために。)

環境問題という大きな社会問題に対し、緊迫した自分事として捉えてもらい、更に行動を起こしていくことの大切さを訴えることで、聞き手への行動喚起を明確に伝えています。通常ならこのようなスピーチは、環境関連のカンファレンスや環境問題に取り組む人々が多く集まる場でなされるものでしょう。一方でアカデミー賞の授賞式という舞台は、環境問題を身近に感じていない一般大衆の人々も世界中から見ている舞台です。その場を使ってメッセージを発信することで、より広い層の一般大衆に向けて、環境問題について一石を投じることに成功しているのです。

原文と同じ文字数のまま、真田さんのスピーチを改善すると…

私は真田さんがどのような信念を持っていらっしゃるのかは分かりません。が、「将軍ーShogunー」に関するインタビューなどから垣間見えたメッセージを鑑みて、原文と同じ文字数のまま、真田さんのスピーチを改善してみました。感情が高ぶっているであろう状態も踏まえて、「Thank you, Oh my goodness」などは残したままにしています。

改善版

Thank you so much. Oh my goodness. I’m beyond honored to be here with these amazing nominees. I couldn’t have done this without my amazing team. Thank you for your dedication in bringing this story to life.

Sadly, today’s world is divided more than ever. But I believe in the power of authentic storytelling.

Authentic storytelling brings characters and history to life in ways that resonate with us all. It allows us to see ourselves in others, and to feel a deeper connection with one another. The power of authentic storytelling lives in you.

Thank you. – 96 words

(ありがとうございます。ああ、なんてことでしょう。素晴らしいノミネートの皆さんとここにいられることを非常に光栄に思います。この受賞は素晴らしいチームのおかげです。心から感謝します。皆さんの献身がなければ、この物語をここまで生き生きと描き出すことはできませんでした。

残念ながら、今の世界はかつてないほど分断されています。しかし、私は本物の物語が持つ力を信じています。真実の物語はキャラクターや歴史を深く響く形で甦らせ、私たちが他者の中に自分を見つけるきっかけを与えてくれます。そして、お互いへのつながりを感じさせてくれます。真の物語の力は、皆さんの中に生きています。

ありがとうございます。)

改善ポイントその①:関係者へのお礼は60秒のうち18秒弱に

受賞メッセージには関係者へのお礼は欠かせません。もしスピーチ時間が2分くらい与えられているなら、個人的な名前を挙げてお礼を述べることも可能ですが、1分ではそこまでの時間はありません。そこをしっかりと踏まえつつ、重要なメッセージに重きを置けるように、冒頭からお礼までの部分は17-18秒に抑えました。

改善ポイントその②ワンビッグメッセージ®を明確に

真田さんが「将軍ーShogunー」に関するインタビューで一貫してお話ししていたのは、「Authenticity(本物、真実)」でした。これまでの、日本を描いたハリウッド映画では、セリフは英語、役者は非日本人のアジア人を起用、というケースがほとんどでしたが、真田さんは、真の日本文化を忠実に物語ることについて徹底してこだわりぬき、日本語のセリフ、日本人の役者を起用しただけでなく、セットや衣装、小道具、歴史的描写、すべてにおいて「真の日本」を忠実に再現することに注力しました。

オリジナルのスピーチで真田さんが語っていた「East-meets-west」は、これまでにも他の人々の口から語られたことのあるコンセプトですが、「Authenticity」こそが、真田さんならではの真のメッセージであるはずです。ですから、この改善版ではオーセンティックなストーリーテリングに焦点を置き、「オーセンティックなストーリーテリングの力」をワンビッグメッセージ®に据えてみました。

改善ポイントその③:聞き手視点

更に、この「オーセンティックなストーリーテリング」は、真田さんやドラマ制作者の立場からの自分視点ではなく、「「オーセンティックなストーリーテリングの力はあなた方の中にある」、と聞き手を主体にした聞き手視点に転換しています。そのためにはまず、現在、アメリカ大統領選が近い米国はもちろん、戦争や紛争も続く地域もある今日、世界が分断されている、という状況を憂い、「オーセンティックなストーリーテリング」こそが人々を深いところで繋ぐきっかけになるのだ、という高い視座でのメッセージを投げています。そしてその力はあなたの中に生きているのだ、と伝えることで、力強い、聞き手視点でのメッセージに仕上げています。

日本人がグローバルな舞台で対等に渡り合うためには

前述の通り、英語を母国語としない真田さんのスピーチは、「大絶賛」とはいえないものの、これまでの日本人の受賞スピーチと比べると質の高いものではありました。

例えば、「ゴジラ-1.0」がアカデミー賞を受賞した際のスピーチは、その素晴らしい功績を称えられる一方で、内容の準備不足が指摘され、残念だという声も上がりました。特に、映画評論家でもある、ライムスターの宇多丸さんも、グローバルで活躍する日本人のスピーチ力について特に残念がっていたのが印象的です。日本映画が国際舞台で評価される貴重な瞬間であったにも関わらず、スピーチの中でしっかりとしたメッセージを伝えられなかったことは、多くの日本人にとっても惜しまれる点であったと思います。

欧米ではスピーチに対する意識が高く、セレブやアーティストはプロのサポートを受け、内容を丁寧に作り上げ、練習を重ねて舞台に臨みます。レディー・ガガやミシェル・ヨー、レオナルド・ディカプリオといった海外のスターが印象的なスピーチを行うのも、こうした準備とプロの指導が大きく寄与しています。一方で、日本ではスピーチがまだ自己表現の手段として重視されにくい文化的背景もあり、自己アピールが「謙虚さ」に反するという見方も根強いということも影響しているのかもしれません。

しかし、グローバルに活躍する場では、スピーチも作品、そしてプロフェッショナル人財としての価値の一部として考えられます。これからの日本のクリエイターたちが国際的な評価を得ていくためにも、スピーチの準備に対する意識を高め、プロの指導も視野に入れながら、自己のメッセージを世界に発信できるようになってほしいと願っています。

 
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