日本のビジネスリーダーこそ学びたい、脆さを強さに変えたカナダのトルドー首相の辞意表明スピーチ

「信元夏代のスピーチ術」編集長 信元です。

カナダのトルドー首相が現地時間1月6日、首相を辞任する意向を表明しました。トルドー氏は2015年に首相に就任し、9年を超える長期政権を維持してきましたが、近年支持率が低迷していて、与党内からも辞任を求める声が上がっていました。

アメリカ大統領選の敗北スピーチなども同様ですが、退陣表明スピーチ、リコール謝罪スピーチ、などなど、いわゆる”負け”を公に発表するスピーチは、感情も伴い、非常に繊細で難しいものです。

今回のトルドー首相のスピーチは、まさにそのような難しさがありましたが、「脆さ」をひけらかす勇気が、「強さ」に繋がるスピーチに仕上がっていました。

このスピーチについて、最初に異文化コミュニケーションの観点から解説し、次に、スピーチそのものの分析を行いたいと思います。

まずは、辞意表明スピーチの全文を見てみましょう。

So I thought it might be fun for us to do this again.

Every morning, I’ve woken up as prime minister, I’ve been inspired by the resilience, the generosity and the determination of Canadians. It is the driving force of every single day I have the privilege of serving in this office.
That is why, since 2015 I’ve fought for this country, for you, to strengthen and grow the middle class, why we rallied to support each other through the pandemic, to advance reconciliation, to defend free trade on this continent, to stand strong with Ukraine and our democracy and to fight climate change and get our economy ready for the future.

We are at a critical moment in the world.
Over the holidays, I’ve also had a chance to reflect, and have had long talks with my family about our future. Throughout the course of my career, any success I have personally achieved has been because of their support and with their encouragement.

So last night, over dinner, I told my kids about the decision that I’m sharing with you today.

I intend to resign as party leader as prime minister, after the party selects its next leader through a robust, nationwide, competitive process. Last night, I asked the president of the Liberal Party to begin that process.

This country deserves a real choice in the next election, and it has become clear to me that if I’m having to fight internal battles, I cannot be the best option in that election.

The Liberal Party of Canada is an important institution in the history of our great country and democracy. A new prime minister and leader of the Liberal party will carry its values and ideals into that next election.
I’m excited to see the process unfold in the months ahead.

We were elected for the third time in 2021 to strengthen the economy post-pandemic and advance Canada’s interests in a complicated world, and that is exactly the job that I, and we will continue to do for Canadians.

As you all know, I’m a fighter. Every bone in my body has always told me to fight because I care deeply about Canadians. I care deeply about this country, and I will always be motivated by what is in the best interest of Canadians.

And the fact is, despite best efforts to work through it, Parliament has been paralyzed for months after what has been the longest session of a minority Parliament in Canadian history.

That’s why this morning, I advised the Governor General that we need a new session of Parliament. She has granted this request, and the House will now be prorogued until March 24.

以下日本語意訳:

またこうするのも面白いですね。

毎朝、首相として目覚めるたびに、カナダの人々の強さ、寛大さ、そして決意に励まされてきました。それが、この職にある間、私の毎日の原動力となっていました。
だからこそ、2015年からこの国、そして皆さんのために戦い、中産階級を強化し、成長させるために努力してきました。パンデミックの間には互いを支え合い、和解を進め、北米での自由貿易を守り、ウクライナや民主主義への支援を続け、気候変動と戦い、経済を未来に備えさせるための取り組みを行ってきました。

今、世界は重要な局面を迎えています。
この休暇期間中、私は時間を取り、これからのことを考え、家族とも長い話し合いをしました。これまでのキャリアの中で私が得た成功は、すべて家族の支えと励ましがあったからこそ実現したものです。

昨晩の夕食の場で、私は子どもたちに、今日皆さんと共有する決断について話しました。

私は、党が全国規模でしっかりとした競争的プロセスを通じて次のリーダーを選出した後、党首および首相の職を辞する意向です。昨晩、自由党の党首にそのプロセスを始めるよう要請しました。

次回の選挙では、カナダ国民が本当の選択肢を持つべきだと考えています。そして、もし私が内部の争いに時間を費やす状況にあるのなら、選挙において最良の選択肢にはなれないと判断しました。

カナダ自由党は、この偉大な国の歴史と民主主義において重要な存在です。新しい首相と自由党のリーダーが、その価値観と理想を次の選挙に引き継ぐでしょう。このプロセスが今後数か月の間にどのように展開していくのか、私はとても楽しみにしています。

2021年に三度目の選挙で選出された私たちは、ポストパンデミックの経済を強化し、複雑な世界におけるカナダの利益を推進するために尽力してきました。そして、私も、私たち全員も、カナダ国民のためにその仕事を続けていきます。

皆さんもご存知のように、私は戦う人間です。私の体のすべてがいつも「戦え」と訴えています。それは、私はカナダ国民を深く愛し、この国を深く愛しているからです。そして、これからも常に、カナダ国民の最善の利益を追求することに動機付けられ続けるでしょう。

しかし事実として、これまでの努力にもかかわらず、カナダ史上最長となる少数派議会の期間を経て、議会は数か月間、機能不全に陥っています。

そのため、本日私は総督に、新しい議会セッションの必要性を伝えました。総督はこの要請を承認し、議会は2024年3月24日まで閉会されることとなりました。

 

まずは、異文化コミュニケーションの観点から解説します。

Vulnerability(脆さ)をひけらかせるリーダーは強く、信頼できる

スティーブン・ハーパー元首相のスピーチライターを務め、政府で様々な役職を経験したアーサー・ミルンズ氏は、トルドー首相のスピーチについて、「トルドー氏のスピーチが過度に抑制されたもので、彼自身の功績についてもっと語るべきだったのではないか」、と述べています。

が、私はそうは思いません。

トルドー首相の辞意表明スピーチにおいて、彼の発言や態度は、脆さ(Vulnerability)を見せることで信頼を築き、リーダーとしての強さを示すスピーチだった、と私は分析しています。

異文化について語る際には必ず、「Culture of One」、つまり、異文化といえども各人違うため、個人個人のユニークな特性を見ましょう、とお伝えしていますが、あえて一般化してホフステッドモデルに基づいて語るならば、まず個人主義・集団主義の指標においては、カナダの文化は、強い個人主義的文化を持つと言われています。個人の権利、自由、自己表現が重視され、意思決定や行動は主に個人の責任と見なされます。家庭や職場でも、個人の貢献が評価される傾向があります。一方で、カナダの個人主義はアメリカと類似しているものの、他者への配慮や協調を大切にする姿勢も持ち合わせています。

不確実性要素の回避傾向については、カナダは不確実性に対して比較的寛容です。新しいアイデアや変化を受け入れやすく、リスクを取ることに対して前向きな姿勢があります。このため、革新や起業精神が尊重される社会と言えます。同時に、社会全体ではルールや規範を守る重要性も認識されており、秩序を保ちながら新しい取り組みを進める文化が見られます。

日本と最も異なる指標は、権力格差です。カナダでは、権力格差が比較的小さい文化として知られています。リーダーと従業員、教師と生徒の間には比較的フラットな関係があり、意見交換や対話が促進されます。社会的・組織的な階層があるものの、それが厳格ではなく、特に職場ではフラットで協力的な関係性が重視されます。

トルドー首相はスピーチの中で、カナダ首相として直面した挑戦や葛藤を率直に語り、時にはその過程での困難を認めました。このような脆さ(Vulnerability)を見せる行為は、ホフステッドの5次元モデルで言うところの「個人主義」が高く、「権力格差」が低い文化においては、リーダーとしての誠実さや人間性を強調する効果があります。また、こうした自己開示は、リーダーが完璧ではないことを認めながらも、その経験を通じて成長し、責任を持って行動していることを示すものです。

一方で、日本文化のような不確実性回避傾向が高く、集団主義的傾向、及び権力格差が強い文化では、リーダーが公の場で自分の弱さを見せることは、リスクと捉えられる傾向にあります。

リコールやその他会社の不祥事などで行われる「謝罪会見」では、リーダーがお辞儀をして謝罪をするのが通例ですが、それは会社という「集団」としてリスク・負け・過ちに対する連帯責任を負う、という姿勢であり(集団主義的傾向の高い文化)、その結果リーダーが辞任する場合は、その連帯責任を負う代表者、つまり「集団に所属するトップの人物」という立ち位置が明確です。リーダーが個人としての脆さを見せるようなストーリーを語るスピーチはほとんど行われません。

しかし、個人主義的、権力格差が低く、不確実性要素の回避傾向も中程度のカナダ(すべてではないが、欧米の多くの国が似たような傾向を持つ)では、トルドー首相のように、弱さをただ「苦しみ」として表現するのではなく、その苦境を通じて得た教訓や視点を共有することで、むしろリーダーとしての成熟や信頼感を強調することができます。たとえば、トルドー首相がリーダーシップの責任を振り返りつつ、新たな世代にバトンを渡す決意を語った部分は、単なる弱さではなく、未来に向けた責任感を示す強さとして受け取られます。

更にトルドー首相は、真っ先に家族に話した、と述べ、辞意の決断に至るまでの個人的でパーソナルな側面を共有したことは、カナダという一国の首相である前に、一人の”家族人”としての”個人”を優先する、カナダの個人主義的・権力格差の低い文化傾向を反映するものでしょう。日本であれば、一国の主が、家族人としての顔を見せるということは、”弱さ”の証である、と受け取られかねません。

このように、トルドー首相のスピーチは、脆さ(Vulnerability)を強さに変え、誠実さと信頼性を際立たせる内容となっています。

異文化コミュニケーションの観点から見ると、彼のスピーチは、リーダーとしての責任感や人間的な側面を効果的に伝えた成功例といえるでしょう。この手法は、日本を含む他の文化圏においても、適切にカスタマイズすれば、リーダーが信頼を得るための強力なツールとなるはずです。

 

次に、スピーチそのものについてです。

コールバックで始まるオープニングで緊張感を和らげる

「またこうするのも面白いですね」という軽妙なコメントを入れたのは、緊張感を和らげ、親近感を生むための意図的な工夫です。このようなアプローチは、聴衆との距離を縮める上で非常に効果的です。

が、それ以上に注目したいのは、このオープニングは、私が「コールバック」と呼んでいる手法である、という点です。

効果的なオープニング手法については、こちらの記事でも少し紹介しているのですが

関連記事

カナダのトルドー首相が6日、首相を辞任する意向を表明し、英語とフランス語で9分程度のスピーチを行いました。 アメリカ大統領選の敗北スピーチなども同様ですが、企業の謝罪スピーチ、など、いわゆる”負け”を公に発表するスピーチは、感情も伴い、非常に繊細で難しいものです。今回のトルドー首相の辞意表明スピーチについて、最初に異文化コミュニケーションの観点から解説し、次に、スピーチそのものの分析を行いたいと思います。

第4回:印象に残るオープニングとクロージング アイキャッチ画像

実はブレイクスルー・メソッドでお伝えしている7つのオープニング手法のうち、まだこのブログでご紹介したことのなかった手法、それが、「コールバック」です。

コールバック (Call Back)」は、「呼び(Call)」「戻す(Back)」、つまり、過去やスピーチの直前に起こった出来事について触れて、それを呼び戻すことで、過去と現在を橋渡しする役目を担います。

今回の辞意表明スピーチの舞台は、トルドー首相の公式邸宅であるリドーコテージの前でした。この場所は、パンデミックの危機の間、そしてその後も何度も国民に語りかけたあの場所からのスピーチは、彼の首相時代や国の歴史を思い起こさせる良い演出でした。

そのような過去があるからこそ、「またこうする(=この同じ場所から深刻な話をカナダ国民全員に対してする)のも面白い」、という冒頭の一文が、非常に効果的なコールバック (Call Back)を使ったオープニングとなったのです。

 

終始ポジティブ、かつ偏りのないトーン

トルドー首相のスピーチは、辞任表明スピーチという、「ネガティブ」な内容であったにもかかわらず、終始ポジティブなトーンを保ちながら、リーダーとしての誠実さと冷静さを際立たせました。自身の功績やパンデミック時の対応といった歴史的に評価されるであろう点を強調しつつ、次世代へのバトンタッチを前向きに語ることで、個人的な感情や政治的対立を避け、国家的視点を重視した、偏りもなく誇張もない、ニュートラルなトーンになっていました。
ネガティブトピックのスピーチは、どうしても感情や批判が伴いがちです。が、トルドー首相のように、ポジティブかつ偏りのないトーン、そしてメッセージを貫いた点は、日本のリーダーたちも是非マネして言ところです。

 

>オンライン無料相談受付中!

オンライン無料相談受付中!

オンラインによる、15分間の無料相談では、はじめての方(個人様/法人様)向けに信元が直接アドバイスさせていただいております。コース選択のご相談はもちろん、何から手を付けたらいいか分からない、といった漠然としたご相談もOK。まずはお気軽にご相談ください。

CTR IMG