WhatよりWho戦略:カマラ・ハリスのDNC2024指名受諾演説を紐解く

「信元夏代のスピーチ術」編集長 信元です。
2024年8月22日、カマラ・ハリスが、民主党の大統領候補指名受諾演説を行いました。

“For the People, For Our Future,”をテーマに開催された民主党大会では、4日間を通して、”民衆のために、我々の将来のために”を掲げ、”金持ち優遇、危険なトランプ”と対極な位置づけが強調されていました。

(本記事は、筆者の政治的見解を述べるものではなく、あくまでスピーチ解説という視点で書いています)

あえて「女性」を前面に出さず、Whoにフォーカス

会場は、アメリカ史上初の黒人・アジア系・女性の大統領を目指すカマラ・ハリスを支持する白い服を着た女性たちが目立っていました。白は女性参政権運動など女性の権利を象徴する色で、1920年の合衆国憲法修正で女性参政権が認められた際、参政権運動の参加者が白い服を着ていたことにちなんでいます。2016年に、初の女性大統領を目指したヒラリー・クリントン氏も、受諾演説で白い服を着用していました。

People wear white at the Democratic National Convention Thursday, Aug. 22, 2024, in Chicago, IL.

ところが、カマラ・ハリスはこの日、全身ネイビーのパンツスーツを着用していました。2016年のヒラリー・クリントンは、「女性であることを利用している」という批判も上がっていました。カマラ・ハリスは、あえて「女性」を前面に出さず、「カマラ・ハリスという人となり」にフォーカスした、「What」より「Who」を押し出す演説になっていました。どのようにWhoを押し出したのか、見ていきましょう。

この40年で3番目に短い演説

その前に、カマラ・ハリスの演説の長さにまず注目したいと思います。

共和党大会でのドナルド・トランプの演説は92分という、異例の長さでしたが、カマラ・ハリスは、この40年で3番目に短い、37.3分という長さでした。

スピーチは、短ければ短いほど構成が難しいものです。沢山のことを伝えたいと思い、それを長いスピーチの中ですべて伝える、ということは簡単です。が、人は、「もっとこの人のスピーチが長ければいいのになあ」と思うことはあまりありません。短く、端的かつ印象に残るスピーチこそが、秀逸なスピーチです。

この比較的短い演説の中で、母親の教えを演説全体の横軸に据え、ストーリーを語ることで、政策の詳細やこれまでの成果など、つまりWhatよりも、カマラ・ハリスという人となりや価値観、つまりWhoを前面に押し出す演説に仕上がっていました。また、特徴的だったのは、Whatは最小限に抑えている一方で、ドナルド・トランプとの比較・攻撃を随所に散りばめ、ロゴス(論理性)ではなく、パトス(感情・共感度)でエトス(信頼性)を上げる戦略が取られていた点です。

ロゴス・パトス・エトスについてはこちらの記事をご覧ください。

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アメリカ時間で2024年8月22日、民主党大会にて、カマラ・ハリスが大統領候補指名演説を行いました。“For the People, For Our Future”をテーマに、カマラ・ハリスがどんな戦略で演説を組み立てたのか、紐解いていきます。

構成コントラストが際立った演説

秀逸なスピーチには、いくつかの種類のコントラストが必要不可欠な要素です:構成コントラスト感情コントラスト表現コントラスト、等々。

この中で、カマラ・ハリスの指名受諾演説は、構成コントラストに優れていました。

構成コントラストとは、スピーチ全体を構成するうえで、異なる要素を代わる代わる入れて、全体を通して変化の波をつけていくこと、を言います。

カマラ・ハリスの演説構成は、ざっくりと次のような要素が組み合わさっていました:

ストーリー ⇒ 過去の実績 ⇒ (トランプ氏に関する)危機感醸成 ⇒ 政策計画 ⇒ (トランプ氏との)比較&警告 ⇒ 政策ハイライト ⇒(トランプ氏との)比較&警告 ⇒ 政策ハイライト⇒(トランプ氏との)比較&警告 ⇒ 信念・価値観・国への忠誠心 ⇒ ストーリー

ストーリーで共感を惹きつけ、ポジティブなパトスを高めたら、実績を上げてエトスを高め、トランプ氏が選出されたらいかに危険か、パトスをネガティブ方向に振り、その後政策に関する計画について語ることでロゴスを加え、トランプ氏との比較でパトスをネガティブ方向に振り、政策の中で女性・自由・ミドルクラスなどにフォーカスを当てて詳細度を高めてロゴス&エトスを押し出し、再度トランプ氏と比較、次にイスラエルを上げてもう一つの政策方針について詳細度を高め、トランプ氏と比較、最後に、自身の信念、価値観、国への忠誠心で会場を一体化させてパトスをポジティブに高め、”Together, let us write the next great chapter in the most extraordinary story ever told.” と、”ストーリー”を一貫して押し出して終了。

構成要素のコントラストが絶妙に仕込まれています。

ストーリーで始まり、ストーリーで終わる、”Book Ending”効果

中でも、全体を通してストーリーを主軸に置いていたのがカマラ・ハリスの演説の特徴です。

冒頭では、母親が19歳でアメリカに移民してきたストーリーから始まり、母親から教えられた価値観、”Never complain about injustice but do something about it. Never do anything half-assed.(不公平について文句を言うな、行動を起こせ。中途半端なことは決してするな。)”、を自分の個人的な信念として、そして弁護士として、政治家として、そして大統領として貫いていく信念である、と力強く訴えます。

演説中にも、学生時代の友人で、家庭内で性的暴力の被害者となっていたワンダのストーリーも出てきますが、演説のクロージングが秀逸です。ストーリを彼女が語る、のではなく、共に素晴らしい”ストーリー”を描いていこう(Together, let us write the next great chapter in the most extraordinary story ever told.)、と、国民全員がストーリーライターである、つまり、未来を作っていくのは一人一人である、というメッセージで、”ストーリー”という主軸にツイストを聞かせた使い方をしている点が、非常に秀逸でした。

非言語メッセージに弱さがみられる

全体的に、カジュアルで親しみやすいスピーキング・スタイルを持つカマラ・ハリスですが、気になったのは彼女のボディーランゲージです。

まず、メラビアンの法則について知っておいてください。

目は口よりもモノを言う?メラビアンの法則とは

メラビアンの法則とは、心理学者のアルバート・メラビアンが、非言語的コミュニケーションの研究を行い、提唱した法則です。コミュニケーションにおける感情や態度の伝達において、視覚、聴覚、言語の各要素が与える影響の割合を示す理論で、視覚的要素(表情、身振り)が55%、聴覚的要素(声のトーン、リズム)が38%、そして言語的要素(言葉そのもの)が7%とされています。つまり、聞き手がコミュニケーションにおいて受ける印象は、非言語的な要素が言語以上にメッセージの理解に影響を与えることを示しています。ただし、メラビアン自身も指摘しているように、この法則はすべてのコミュニケーション状況に当てはまるものではなく、主に感情の伝達に焦点を当てたものです。

例えば、同じ言語メッセージを伝えるとしても、ボディーランゲージ(視覚的要素)や声のトーン(聴覚的要素)が、言語メッセージと連動していない場合、聞き手は異なるメッセージを受け取ったり、混乱したり、不信感にもつながってきます。

スピーチを行う際、せっかく原稿(言語メッセージ)は素晴らしいのに、ボディーランゲージや声のトーンなどの非言語要素が不十分だったり自信がなさそうに見えたり聞こえたりすると、スピーチ全体の印象が弱くなってしまいます。

カマラ・ハリスの場合、声のトーン(聴覚要素)は問題ありませんが、55%の影響を及ぼすボディーランゲージ(視覚要素)が弱い傾向にあります。

約40分の演説中のボディーランゲージのパターンを見てみましょう。

手を体の前で組む「クローズド」な姿勢、比較的小さな動きに加え、動きのパターンにあまり変化がなく、更には、女性に良く見られる、「髪の毛を触る」という動きが何度か見られています。

手を体の前で組む姿勢は、話し手にとっては安心する姿勢です。が、聞き手から見ると、演台という、話し手と聞き手の間に仕切りがある状態であるのに加え、「クローズド」な姿勢が更に、「壁」を作ってしまいます。スピーチの際の基本姿勢は、「オープン」です。また、手を体の前で組んでいたとしても、落ち着いて安定していればまだ良いのですが、カマラ・ハリスの場合は、手を組みながら腕が小刻みに動いたり、組んだ手が不必要に動いたり、と、ぎこちない動きに見えてしまい、大統領候補としての権威が薄れてしまう印象です。

カマラ・ハリスに対し、民主党大会2日目に演説を行った、ミシェル・オバマのボディーランゲージを見てみましょう。

カマラ・ハリスの演説の約半分、20分程度の長さでしたが、ボディーランゲージが「オープン」で、バラエティーにも富んでいることがお判りでしょう。タイトにまとめられた髪の毛を触ることも一切ありません。また、利き手の右手だけでなく、左手も使い、左右バランスよく動いているのも分かります。さらには、胸に手を当てて感情を語ったり、握りこぶしで決意を強調したり、指をさして「彼ら」と言ったり、頭を指さして「考え」という言語と視覚情報をしっかり連動させたり、「意味のある」動きが多いことも分かります。

 

11月5日の大統領選まであと2か月強です。この間に、大統領候補の討論会、そして副大統領候補の討論会なども行われます。

宗教的なまでのカリスマ性を持つドナルド・トランプと、身近で信頼できる隣人的存在のカマラ・ハリス、どのように議論を戦わせていくのでしょうか…!

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