”信元夏代のスピーチ術” 編集長、プロフェッショナルスピーカーの 信元です。
スピーチ・プレゼンの達人として真っ先に名前が上がるであろう、スティーブ・ジョブズ。
彼の数々な著名なスピーチ・プレゼンの中で、最も良く取り上げられるのは、スタンフォード大学での卒業式スピーチでしょう。
2005年のものですのでだいぶ古いのですが、それでも未だに取り上げられるのは、やはり秀逸なスピーチは時代を超越して人を感動させる”何か”があるからに違いありません。
その”何か”を紐解いていきましょう。
3のマジック~人は“3つ”で記憶する
冒頭でジョブズはこう語ります。
「今日、私は皆さんに3つの話をします。それだけです。ただの3つの話です。」
一見シンプルな導入ですが、この一言が聴衆の集中力を一気に高めています。
なぜなら、「3」という数字には、人間の脳に記憶されやすく、かつ理解しやすいという性質があるからです。
これを「3のマジック」と呼んでいます。
私が企業研修やプレゼン個人コーチングで教えている「3のマジック」は、“説得や印象づけにおいて、3つに絞ることが最も効果的”というシンプルな法則です。
これは心理学的にも証明されていて、人が短期記憶で無理なく覚えられる情報の数は「3〜4つ」までが限界。
それ以上は処理が追いつかず、話の要点がぼやけてしまうのです。
1956年、アメリカの心理学者ジョージ・A・ミラーは、短期記憶の容量に関する研究を発表し、「マジカルナンバー7±2」という概念を提唱しました。これは、人間が一度に記憶できる情報の単位(チャンク)が平均で7個、少ない人で5個、多くて9個程度であるというものです。
ところが、その後の研究で、短期記憶の容量はさらに少ない可能性が示されました。2001年、心理学者ネルソン・コーワンは、「マジカルナンバー4±1」という概念を提唱し、人間が一度に処理・記憶できる情報の単位は平均で4個、少ない人で3個、多くて5個程度であると主張しました。
このように、短期記憶の容量には限界があるため、スピーチやプレゼンテーションで伝える情報を3つに絞ることは、聴衆の理解と記憶を助ける効果的な方法とされています。更に、情報を意味のある単位にまとめる「チャンク化」も、記憶の効率を高める手法として知られています。例えば、電話番号を「090」「1234」「5678」のように3つの「チャンク」に区切って覚えることで、短期記憶の容量を有効に活用できます。
このような心理学的知見をベースに、スピーチやプレゼンテーションの構成を最適化し、聴衆にとって理解しやすく、記憶に残るメッセージを伝えるこためには、「3のマジック」を活用し、ワンビッグメッセージ(R)を3つのメインポイントで支えるのが説得力がある、とブレイクスルー・メソッドで教えています。
ジョブズはこの「3のマジック」を本能的に、あるいは意図的に活用していました。
彼が語った3つの話とは:
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Connecting the dots(点と点をつなぐ)
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Love and loss(愛と喪失)
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Death(死)
この構成が、内容の深さにかかわらず、聞き手の脳内に「理解のフレーム」としてスッと入ってくるのです。話がどこから始まり、どこで終わるのかが明確になっていることで、聴衆の集中力は保たれ、印象にも強く残ります。
「伝えたいことが多すぎて絞れない」という悩みを抱えるビジネスパーソンやリーダーこそ、この3のマジックを徹底して使うべきです。
ピラミッド構造で支えられたワンビッグメッセージ®
ブレイクスルー・メソッドの大きな柱は、ピラミッド構造を使った論理構造です。
スピーチやプレゼンを論理的に、かつ共感を呼ぶストーリーとして成立させるには、このピラミッド構造による情報の整理が不可欠です。
ジョブズのスピーチは3つの話に分かれてはいますが、それぞれがバラバラの話ではありません。
ある一つの「ワンビッグメッセージ®」を伝えるために、3つの話がピラミッド型に積み上げられているのです。
そのワンビッグメッセージ®とは、
「自分の心の声に従え。そして時間には限りがある。」
このメッセージを頂点に据えて、
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第1の話(Connecting the dots)では「信じることの力」を語り、
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第2の話(Love and loss)では「情熱を失っても、見つけ直せる」ことを語り、
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第3の話(Death)では「死を意識することで、余計なものを手放せる」ことを語ります。
すべてが、「自分の内なる声に忠実に生きること」の重要性に収束していく構造になっています。
これはまさに、ワンビッグメッセージ®を頂点に据えた“ピラミッド構造”そのもの。
聞き手は3つのエピソードを聞き終えるころには、意識せずとも「だから心の声に従うべきなんだ」と腹落ちするのです。
感情にストレートに響くストーリー
ブレイクスルー・メソッドでもう一つ大事にしている要素は、「感情を動かすストーリー」です。
私が常日頃強調しているように、人を動かすのは論理(ロゴス)だけではありません。感情(パトス)と信頼(エトス)も必要です。
私が長年、スピーカーやエグゼクティブに伝えてきたのは、感情を動かすストーリーには“ある共通点”があるということ。それは、私が「4つのF」と呼んでいるコンセプトです。
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Failure(失敗)
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Flaw(弱点・欠点)
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Frustration(葛藤・苛立ち)
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First(初体験・初挑戦)
この「4つのF」こそが、聞き手の共感を最も呼び起こす“心の引き金”です。
スティーブ・ジョブズのスタンフォードスピーチにも、この要素が惜しみなく使われています。
たとえば、大学を中退したという話は、「Failure(失敗)」であり、世間的には恥とされがちな出来事。
Appleを追い出されたという体験は、明確な「Frustration(葛藤)」。
「膵臓がんの宣告を受けた」という話は、生死に関わる“人間の弱さ”=「Flaw(弱点)」そのものです。
そして、そこから改めて人生を見つめ直すという過程は、「First(初めて気づいたこと)」に通じます。
それは決して「成功の裏話」ではありません。むしろ「失敗」「挫折」「恐怖」という人間臭いエピソードです。成功談ではなく、“弱さをさらけ出す”ストーリーにこそ、人は最も心を揺さぶられます。
ジョブズはまさに、自分の失敗や痛みを包み隠さず語りました。だからこそ、聞き手は「これは自分にも当てはまる」と思えるのです。
しかも彼のストーリーは単なる“エモーショナルな体験談”で終わらず、しっかりとワンビッグメッセージ®につながっています。
「だから、自分の心の声に従って生きろ。」
「だから、毎日を人生最後の日だと思って生きろ。」
これが、“語るストーリー”が、“伝わるメッセージ”へと昇華された瞬間です。
あなたが語るストーリーにも、「4つのF」が眠っていませんか?
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あの時の失敗が、今の選択をどう変えたか?
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コンプレックスと思っていたことが、実は強みだったと気づいた瞬間は?
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葛藤に苦しんだ日々から何を学んだのか?
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自分が初めて挑戦したことは、どんな感情だったか?
それを見つけることこそが、あなた自身のストーリーテリングの始まりなのです。
スタンフォードでのスピーチで最も引用されている言葉の一つが、
「死はおそらく、人生における最高の発明品だ」
というセリフです。
死と向き合い、「今日が人生最後の日だと思って生きろ」というメッセージは、どれだけテクノロジーが進化しても色あせません。
それは、彼が“自分自身の体験から紡ぎ出した真実のことば”だったから。
決して誰かの借り物ではない、“魂が込められたストーリー”だったからです。
私が教えているスピーカーたちにも、「自分のストーリーにこそ価値がある」と繰り返し伝えています。
伝えるべきものは、完璧な成功談ではなく、“そこに至るまでの泥臭い道のり”なのです。
あなたの中にも、“語るべき3つ”がある
スティーブ・ジョブズのスピーチが時代を超えて語り継がれているのは、彼が3のマジックを使い、ワンビッグメッセージ®を支える論理構造をもち、そして4つのFにフォーカスしたストーリーをありのまま語ったから。
スピーチはテクニックであり、構造であり、そして魂です。
もしあなたが「伝えたいことがある」「でも、どう話していいかわからない」と思っているのなら、まずはこう問いかけてみてください。
「自分の人生で、今につながる“3つの話”は何だろう?」
すぐに見つからなくても大丈夫。
それは、掘り下げ、言語化し、何度も人に話していく中で、だんだんと“磨かれていく”ものです。
あなたの中にもきっと、“語るべきストーリー”が眠っているはずです。
それを掘り起こし、自分だけのことばで語りはじめたとき――あなたもまた、人の心を動かすスピーカーになっていくのです。