「信元夏代のスピーチ術」編集長 信元です。
私が運営するブレイクスルー・スピーキングでは、「言葉や文化、価値観の壁を打ちやぶり、人々の心をも魅了していく、グローバル・パブリックスピーキング」の指導にあたっています。私がプロフェッショナルスピーカーとして長きにわたり学んできたハウツーを、誰にでももっと簡単に活用できるように作り上げてきた、ロジカル思考法xストーリー術x異文化コミュニケーション理論、の合わせ技で戦略的にスピーチ・プレゼンを実践する手法を、「ブレイクスルー・メソッド」と呼んでいます。
時折、クライアントさんから、英語がノンネイティブの日本人で、グローバル・パブリックスピーキングに秀でている著名人はいますか?と尋ねられることがあるのですが、迷わず答えているのが、トヨタ自動車の代表取締役社長・豊田章男氏です。
今回は、数年前のものにはものにはなりますが、豊田氏が、母校であるアメリカのバブソン大学の卒業式にて行ったスピーチの解析をしていきます。
(オリジナル記事、https://gendai.media/articles/-/65476 から引用しています)
アメリカ人の若者も家族も拍手喝采
退屈なスピーチやプレゼンを聞かされた経験となると、ほとんどの方が「ある」と答えるのではないでしょうか。
よく日本人はスピーチが下手だといわれますが、残念ながら私が見聞きしてきた経験では、そういうケースが多々あります。
しかしそれは決して日本人が口ベタだから、といった理由ではないのです。
最近、私が見て感心したスピーチは、トヨタの代表取締役社長、豊田章男氏が米国バブソン大学卒業式で行った祝辞です。
ビデオをご覧いただければわかりますが、どかん、どかんと笑いがあがり、アメリカ人の若者も家族たちも拍手喝采を贈っています。
いったい文化の壁を越えて、これほど人々の心を掴むスピーチには、どんな秘密があるのでしょうか。
では、豊田章男氏のスピーチ「さあ、自分だけのドーナツを見つけよう」をブレイクスルーメソッドに沿った形で分析していきましょう。
印象は7秒で、おもしろさは30秒内で判断
最初の挨拶のあと、豊田氏のスピーチ本体の冒頭は「大切なことだけ言います」から始まります。ズバッと最初から3秒ほどで、切りだしているわけです。
そして「卒業後、仕事があるか不安を感じている皆さんもいるでしょう、皆さんの心配事をまずは解決しましょう」と卒業生にとってもっとも関心の高い就活問題にふれて、
「みなさん全員にトヨタでの仕事をプレゼントします」
と、いきなり驚きの爆弾発言。
とたんに「うわーッ」と卒業生たちがどよめきます。
ここまでが、ちょうど30秒ほど。
このオープニングだけで、一気に若者たちの心を引きつけています。
スピーチでは「最初の7秒」で印象が決まるとされます。
わずか7秒の間に口にすることで、第一印象が決まってしまうのです。
そして話が始まったところで、聞いている側は「30秒」で話がおもしろいか、おもしろくないかを判断するのです。
ほとんどの話は、プレゼンだろうが、セールスだろうが、30秒内という短い時間で判断されます。
ブレイクスルー・メソッドでは、これを「7秒—30秒ルール」と呼んでいます。
それで考察すると、まさに豊田氏のオープニングは、この「7秒—30秒ルール」に当てはまるものなのです。
そしてオープニングに「The Bang!」(バーン!)を入れることを提唱しています。
「バーン!」とは英語で「じゃーん!」とか「ドカーン!」といった意味で、まず冒頭で聞き手の注意を掴むこと。
豊田氏のオープニングは、まさに、この「7秒—30秒ルール」と「The Bang!」(バーン!)を体現している、と言ってよいでしょう。
「コントラスト」で「ユーモア」を演出する達人!
そして拍手喝采する聴衆にむかって、
「まだ人事部からはOKをもらっていないのですが」
と落として、笑いを引き出します。「それはそうだよね」という笑いにつなげて、アイスブレイクの役割をしていて、これはかなりの上達者の技です!
「これで就職活動に関する悩みは解決したと思いますので、もっと大事な話をしましょう」
と、シリアスな話に入るのだな、と思いきや……。
「つまり今晩のパーティーでどれだけハジけるかです」
予測していた答えや期待を大きく外すことで、笑いにつなげています。
「さらに重要なのは、私も今晩のパーティーに参加できますか?」
と尋ねて、笑いをとったあとに、
「ただし夜更かしはできません。明日は『ゲーム・オブ・スローンズ』の最終回だからです」
さらなるユーモアを畳みかけて、聞き手の心をがっちり掴んでいます。
相手は大学を卒業する若者たち。まさに『ゲーム・オブ・スローンズ』のファン世代であり、そしてパーティーではじけることばかり考えているのもお見通しであるわけです。
ここからバブソン大時代に戻り、
「私はバブソンでは、寮と教室と図書館を往復する、一言でいえばつまらない人間でした」
とマジメな学生時代を明かしつつ、
「しかし卒業してニューヨークで働き始めると、夜の帝王になったのです」
ここでもコントラストに聴衆は大爆笑。
「つまらない人間になるのではなくて、楽しみましょう。人生で喜びをもたらすものを自分で見つけることが大切です」
いよいよ本題に入って、心に響くメッセージを伝えます。
「私がバブソン生だった頃、自分で見出した喜びは……」
と期待を盛りあげつつ、
「ドーナツです。アメリカのドーナツがこれだけ喜びをもたらしてくれるとは」
と落として、ドッと笑いがわき起こります。
聴衆が期待することとは外すことで、コントラストのユーモアを引き出す。これは上級者のテクニックです。
スピーチ・プレゼンには、様々な「コントラスト」が聞き手を惹きつける秘訣になってくるのですが、そのコントラストの一つが、豊田氏が使っている、「期待値のギャップによるコントラスト」です。
人は、「Aの次はBだな」というように、ある程度、一般的と思われる話の流れの図式が頭の中にあるものです。
その「期待値」を良い意味で裏切ることで、「期待値のギャップによるコントラスト」を組み込むと、ドッと笑いが起き、ユーモアあふれるスピーチに仕上がっていきます。
笑いについてはこちらでも記載していますのでご参照ください:
ブレイクスルー・スピーキングでは、「グローバル・パブリックスピーキング」の指導をしていますが、それを体現している日本人を挙げるとしたら、私は真っ先に豊田章男さんを思い浮かべます。今回は豊田さんがバブソン大学で行った卒業式スピーチの優れた点を、ブレイクスルー・メソッドに従って解析します。
ユーモアとギャグはまったく別者
でも、ユーモアはギャグとは違うのです。
ギャグとユーモアはどう違うのか?
それは、目的、にあります。
ギャグは笑わせるだけが目的のもの。たとえば「専務といいながら、なにも専務」というようやおやじギャグのような類のことです。
そもそもギャグで笑わせるのは間合いやデリバリーなどの繊細な技術が必要ですが、たまたま場が盛り上がったとしても、本題となんら関係のない笑いを引き起こしても、本題に入った途端に場が急令してしまいます。逆効果です。
一方ユーモアは、そのスピーチで伝えたいたったひとつの大事なメッセージ=「ワンビッグメッセージ」を印象付けるという目的が前提となっています。
さらに言うとユーモアは、ストーリーの中に「組み込む」ものではなくて、ストーリーから「引き出す」もの。
クスッと笑える箇所は、豊田氏が使っているコントラストのギャップのように必ずどこかに潜んでいるのであり、なにも面白いことを考えて、それを無理やりストーリーに上乗せするのではありません。
欧米でスピーチが達者なリーダーたちが聴衆から笑いを引き出すユーモアと、ギャグの違いがおわかりいただけたでしょうか。
聞き手視点で、グッと刺さる話に
スピーチの冒頭に出すのが、就活、パーティー、配信動画サイトといったネタであるのも巧みです。
頭からミレニアル世代にとって関心あることをズバッと突いているため、聴衆の心を一気に掴んでいるのです。
これはまさしくブレイクスルー・メソッドでいう「聞き手視点」です。聞き手が関心あること、興味あることを取りあげてこそ、相手に刺さるスピーチとなるのです。
そしてドーナツのネタふりから、
「みなさんも自分だけのドーナツを見つけて下さい。皆さん全員が大きな成功を納めると思います」
と、卒業生たちに夢見させるようなシナリオを用意します。
「でもその仕事を楽しめているでしょうか。皆さんのように才能がある人はある日目覚めて、自分が現状から抜け出せないよう、縛られていることに気づきます」
ここでは反対に、脅すようなコントラストをつけて、聞き手の注意を引きます。
「縛られている」というのに、Golden Handcuffs(金でできた手錠)という表現も言い得て妙ですね。
「住宅ローンと、バブソンを卒業させる必要がある子供が3人」
ここでまた、緊張感をほぐすコントラストを差しはさんで笑いに落としている上級技が使われています。
そこから大事なメッセージに導きます。
「皆さんが心よりやりたいことは何か。今こそ、それを見つけ出す時です。若さの特権である時間と自由を使って、皆さんの”ドーナツ”(=幸せ)を見つけて下さい」
自分だけのストーリーが、聞き手を掴む
また魅力的なのは、自分だけのストーリーがあることです。
「少年の頃、タクシードライバーになりたいと思っていました。夢は完璧には叶いませんでしたが、きわめて近いことをしています」
タクシードライバーになりたかった少年時代。そして大学時代はドーナツが大好きだったというエピソード。どちらも身近な例で親近感がわくものです。
「ドーナツより大好きなものがあるとしたら、それは車です」
と、ここで車愛を大きく打ち出します。
スピーチ/プレゼンで何よりも大切なのは、ストーリーです。
全米プロスピーカー協会の殿堂入りをしているパトリシア・フリップは、ストーリーが持つ力について次のように語っています。
People resist sales presentation. But nobody can resist a good story…well told. A trivial story well told is much more memorable than a great story poorly told.
(人は、営業プレゼンには抵抗がある。しかし、巧みに語られた良いストーリーには誰も抵抗することができない。そして、下手に語られた壮大なストーリーよりも、たくみに語られた些細なストーリーの方が、はるかに記憶に残る)
スピーチだからといって、なにも大言壮語をふりかざして、むずかしい例を挙げる必要はないのです。むしろ身近なことでかまわないのです。
ここで語られるのはタクシーの運転手になりたかった少年が、バブソン大学でドーナツを食べながら勉強に打ちこみ、トヨタで働き、CEOになった時にリコール問題などで悩みつつも、52歳の時にはマスタードライバーの訓練に挑戦するという車愛に溢れた、彼だけのストーリーです。
ストーリー構成としても車好きの主人公が、困難にもぶつかりつつも、挑戦を恐れないCEOになるという構成で、聴衆が共感しやすいものです。
そしてそのどのシーンも身近に感じられる人物として、生き生きとしています。