論理がちぐはぐ。それでも大衆を強烈に惹きつけるトランプ氏のスピーチ魔力を謎解く

「信元夏代のスピーチ術」編集長 信元です。

アメリカ時間の7月18日、共和党大会にてトランプ氏が異例の93分にわたる指名受諾演説を行いました。

後半はいつものトランプ節がさく裂していたものの、前半は今までのトランプ氏には見られなかったアプローチと演出で、大衆の感情を揺さぶりました。

今回は、今回の指名受諾演説の中で、トランプ氏が人を惹きつけるスピーチ魔力、にフォーカスして紐解いていきます。
(本記事は、筆者の政治的見解を述べるものではなく、あくまでスピーチ解説という視点で書いています)

ロゴスが著しく欠如しているトランプ節

古代ギリシャの哲学者であるアリストテレスは、「人が説得されるためには、ロゴス・パトス・エトスの3つの要素が揃っていなければならない」、と唱えました。これを「説得の三要素」といいます。ロゴス(LOGOS)とは論理的アピール、パトス(PATHOS)とは、情緒的アピール、エトス(ETHOS)とは倫理的アピールのことです。

この説得の三要素についてはこちらの記事をご参照ください:

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アメリカ時間の7月18日、共和党大会にてトランプ氏が異例の93分にわたる指名受諾演説を行いました。 後半はいつものトランプ節がさく裂していたものの、前半は今までのトランプ氏には見られなかったアプローチと演出で、大衆の感情を揺さぶりました。 今回は、今回の指名受諾演説の中で、トランプ氏が人を惹きつけるスピーチ魔力、にフォーカスして紐解いていきます。

トランプ氏の演説は、どれをとってもロゴスが著しく欠けており、今回の指名受諾演説も同様でした。

例えば、メキシコや中国で生産された自動車について、「1台あたり100〜200%の関税をかける」、と自信満々に語ったものの、関税は輸入品の値上がりにつながり、物価抑制には逆風になる、という点は完全無視されています。また、「インフレ危機を即座に打開し、政策金利を引き下げる」と主張し、聴衆は沸いたものの、実際には原油価格は中東情勢など国際市況に左右されるもの。また、不法移民対策として就任初日に国境を封鎖すると明言ましたが、一方で考えられる懸念は、移民の減少によって人手不足となり、物価に上昇圧力がかかる可能性がある、ということです。さらには、ロシアによるウクライナ侵略やイスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘について触れ、「自分が大統領だったら電話一本で戦争を止めらる」、と言及しましたが、根拠のないハッタリばかりで、具体的な戦争終結への道筋は示していません。

このように、ロゴス、つまり論理がちぐはぐしている傾向が、今回の演説でも見られました。

それでも大衆は、宗教的熱狂ともいえるほどの熱量でトランプ氏を支持するのはなぜなのか。一言で言うなら、「パトス(情緒アピール)全開」、につきます。今回の演説から具体的に紐解いてみましょう。

前座で感情の振れ幅を最大級に

スピーチは、始まる前からその印象を大きく左右します。

トランプ氏が舞台に登場する前、Ultimate Fighting ChampionshipのCEO、Dana White氏がトランプ氏を紹介する短いスピーチを行いました。Dana White氏はトランプ氏との25年来の友人関係を強調し、そしてトランプ氏が彼に見せた細やかな気遣いについて触れ、ドナルド・トランプという人物の人となり、信頼度を高めます。これは「説得の三要素」の中の、「エトス」の構築です。更にDana氏の語り口は非常に熱量が高く、エトスだけではなくパトスに比重が置かれたスピーチになっています。つまり、観客の感情を高め、盛り上げ、期待感をあおる効果がある語り口、ということです。

Dana氏が会場全体を盛り上げた後、トランプ氏が入場するのかと思いきや、一転変わってバンドが、ナショナリスティックな曲を感傷的なメロディーに乗せて奏でます。

ここがポイントなのです!

観客の感情を最上級まで高め、そのあと感傷的なメロディーで真逆の感情に押し下げる。このように感情の振れ幅を最大限に高めることで、観客の中に感情のコントラストが生まれます。このコントラストこそが、観客たちの心の中にできる、すき間です。このすき間を作ることができれば、あとはそこに直球を投げて入り込むだけです。

観客の感情の振れ幅が最大限になったところで、舞台の後部が開き、トランプ氏がドラマチックな入場を果たします。観客の心のすき間にトランプ氏だけが真っ直ぐに入り込んでくるのです。

あまりにも上手い演出でした。

ストーリーで心の最奥に入り込む

スピーチの前半では、トランプ節は完全に封印されていました。つい5日前に起こった、トランプ氏暗殺未遂事件で、銃弾がトランプ氏の右耳をかすり、流血しながらも拳を高く上げ、シークレットサービスたちに誘導されていく様子は、全米に衝撃が走りました。

その時の一部始終を、細やかにストーリーとして語ったのです。

It was a warm, beautiful day in the early evening in Butler Township in the great Commonwealth of Pennsylvania. Music was loudly playing and the campaign was doing really well. I went to the stage and the crowd was cheering wildly. Everybody was happy. I began speaking very strongly, powerfully and happily because I was discussing the great job by administration did on immigration at the southern border. We were very proud of it.

Behind me and to the right was a large screen that was displaying a chart of border crossings under my leadership. The numbers were absolutely amazing. In order to see the chart, I started to, like this, turned to my right and was ready to begin — a little bit further turn, which I’m very lucky I didn’t do when I heard a loud whizzing sound and felt something hit me really, really hard on my right ear.
I said to myself, wow, what was that?

まさに、ブレイクスルー・メソッドでお伝えしている、戦略的ストーリーテリング術、「6つのC」のCircumstanceとCharacterが見事に描かれ、一方でそこに時間をかけすぎることなく、Conflictが登場しています。

6つのCについてはこちらの記事をご参照ください:

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更に、銃弾が耳をかすった直後の緊張感をさらに高めます。

Bullets were continuing to fly as very brave Secret Service agents rushed to the stage, and they really did. They rushed to the stage. These are great people at great risk, I will tell you. And pounced on top of me so that I would be protected. There was blood pouring everywhere, and yet in a certain way I felt very safe because I had God on my side. I felt that.

The amazing thing is that prior to the shot, if I had not moved my head at that very last instant, the assassin’s bullet would have perfectly hit its mark. And I would not be here tonight. We would not be together.

効果的なストーリーテリングは、Conflictを「モールエスカレーター方式」で、緊張感を高め、緩め、高め、緩め、を繰り返していくことが、聞き手の感情を揺さぶるカギとなります。トランプ氏のストーリーテリング術はまさに、この「モールエスカレーター方式」を活用しています:

銃弾が耳を直撃(緊張感高まる)→シークレットサービスが駆け寄り、安全だと感じる(安定感の構築)→もしあの瞬間に頭を動かしていなかったら、頭を撃ち抜かれていた(緊張感高まる)

そしてこのストーリーを語っていた際、トランプ氏の声のトーンは静かで、感傷的でもあり、涙を誘うものでした。

このストーリー効果を更に強めたのは、ビジュアルとパフォーマンスです。

宗教的熱狂を引き起こすビジュアル効果

ストーリーを語っている才、トランプ氏が銃撃の直後に拳を突き上げ、「Fight, Fight, Fight」と叫んだその瞬間の画像が、舞台全体に映し出されました。

視覚情報は聴覚情報よりも勝る効果があります。トランプ氏が語る巧妙なストーリーに会場中が涙している中のこのビジュアルの登場。

会場の中には、傷ついた右耳を覆う白いガーゼを身に着けている人たちも多くいました。このガーゼは「神の介入」の象徴であり、トランプ氏も「神は私の側にいる」と万能感に浸っていました。信仰の深い白人中流階級層をがっつりと「パトス」でつかんでいます。

共感度爆上げのパフォーマンス

そして、パトスを更に更に畳みかけるように仕掛けてきます。

ストーリーを語り始めた冒頭から、銃撃事件の際に亡くなった消防士、Corey Comperatone 氏が来ていた、消防服とヘルメットが登場します。トランプ氏はCoreyを称え、そして演台から離れて消防服に向かってゆっくりと歩き、ヘルメットにキスをする、という演出を行ったのです。

7月13日に起こったトランプ氏暗殺未遂事件で犠牲になった消防士のCorey Comperatoreの消防服にキスをするトランプ氏

ストーリーを言葉だけで終わらせず、パトスをこれでもかこれでもかと畳みかけてくるトランプ氏のストーリーテリング術は、見事、としかいいようがありませんでした。

この冒頭だけで、熱狂的な共和党員はもちろんのこと、トランプ反対派の人々ですらも、心が揺らされたことでしょう。今回のスピーチの魔力を発揮した瞬間だと言えましょう。

3種のコントラストを駆使

トランプ氏のデリバリー(話し方)には、ひとつ大きな特徴があります。

それは3種類の声のコントラストを巧みに使い分けている点です。

  1. 教会の説教のようなモノトーン
  2. 友人と語らいあうようなカジュアルトーン
  3. だみ声で声を張り上げるトランプ節

通常、モノトーンは眠気を及ぼすため、「ボーカルバラエティー」といって、声の高低や緩急をつけながら、ダイナミックに語る、というのが基本です。ところがトランプ氏の場合、教会の説教のように長く続くモノトーンで、洗脳効果さえあるように聞こえるトーンなのです。トランプ氏のスピーチ魔力がここにも潜んでいます。

一方で、カフェでテーブル越しに友人としゃべっているかのようなカジュアルさも頻出します。実際に、何千人も前にして大舞台に立っていながらも、個人個人の名前を挙げて呼びかけたりもしています。親近感を持たせる語り口です。

更には、だみ声で声を張りあげる、いわゆるトランプ節は、権力とオーラを見せつけます。

日本の政治家の多くは、この③ばかりを使うケースが多く見られますが、トランプ氏の場合、この3種類のコントラストを巧みに使いこなしており、特に①が特徴的なため、聞き手は洗脳にも近い宗教的な感覚さえも持ち、遠い存在の絶対的権力者でありながら、なぜか親近感を持つ。そんな魔力が潜んでいるのです。また、声のトーンだけでなく、シンプルワードを繰り返す傾向も、②を高める効果があります。なぜなら、シンプルワードが繰り返されると、会話調になり距離感が縮まり、更に単語が聞き手の心に落とし込まれる効果があるからです。

例えば、こんなシンプルワードの繰り返しです:

  • These are incredible people, incredible.
  • These are tough guy, tough guy.
  • We have to cherish people, we have to cherish people.
  • I will never ever let you down, never let you down.
  • We will not fail, we will not fail.

観衆全員から「指名」させる超戦略的キメ台詞

最高のスピーチは、話し手が言葉にして伝えずとも、観客がそう感じ、そう発言してくれるものです。

まさにそのキメ台詞となったのが、トランプ氏の次の表現でした:

(もし頭を動かしていなかったら銃弾は頭を直通し、死んでいたため)I’m not supposed to be here.

その瞬間、会場からは、Yes you are !Yes you are !が連呼されました。

「私はここにいないはず」→「いるはずだ!いるはずだ!!」を会場から誘発させる超戦略的セリフだったと言えましょう。

あえてKISSではない表現で大きなパイをごっそり救い上げる

トランプ氏の言葉選びにはシンプルなワードが多いのは皆さんもご存じかもしれません。

シンプルな言葉選びは非常に良いのですが、ブレイクスルー・メソッドでは、シンプルであるだけでなく、KISSの法則をあてはめよ、とお伝えしています:Keep It Simple Specific、つまり、シンプルかつ「具体的に」話せ、ということです。

KISSの法則についてはこちらの記事をご参照ください:

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アメリカ時間の7月18日、共和党大会にてトランプ氏が異例の93分にわたる指名受諾演説を行いました。 後半はいつものトランプ節がさく裂していたものの、前半は今までのトランプ氏には見られなかったアプローチと演出で、大衆の感情を揺さぶりました。 今回は、今回の指名受諾演説の中で、トランプ氏が人を惹きつけるスピーチ魔力、にフォーカスして紐解いていきます。

しかしながら、トランプ氏は、シンプルではありながら、具体性が欠如した、あえてKISSではない広義にとらえられる単語や表現を多用しています。

一部例に挙げるなら、great, nice, beautiful, huge, good, bad, terrible, incredible、など、誰にとってどんな場面でどのようにGreatなのか、Niceなのか、、、、が全く伝わってこず、「なんとなく良さそうに聞こえる」単語です。

また、Story of love, sacrifice, and so many other things、のように、”その他もろもろ”というような表現でお茶を濁していたり、それはあり得ない、という絶対値(best, everything, all,)を使ったりもしています。

これらのような、シンプルだが抽象度の高い単語を使っていることで、メッセージが直球で伝わっては来ないがなんとなくわかった「気が」する、という煙に包まれたような状態を作るため、パトス全開作戦で傾倒した大衆という大きなパイをごっそりつかんでいる、という結果になっています。

但しこの作戦は、上述のような多重な要素でスピーチ魔力を持ち合わせているトランプ氏だからこその効果だと言えましょう。

 

 

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