「信元夏代のスピーチ術」編集長 信元です。
ドナルド・トランプ氏は、大統領選挙日翌日未明の11月6日(水)の午前2時30分、ノースカロライナ州、ジョージア州、ペンシルベニア州という重要なスイングステートを勝利した後、地元フロリダで演説を行い、勝利宣言をしました。一方で、カマラ・ハリス氏は、同日6日(水)午後4時24分に敗北スピーチを行いました。
今回は、両氏のスピーチを、信元独自の視点に加え、AIも活用して解析していきます。
*本記事は、政治的見解や公約内容、勝敗の理由の分析を行うものではなく、あくまでスピーチの分析を行っています。
トランプ氏の自分視点(I-Focused)なオレオレスピーチ
自分視点のスピーチを、ブレイクスルーでは、”オレオレスピーチ”と呼んでいますが、トランプ氏の勝利宣言スピーチは、まさに、”オレオレスピーチ”でした。”オレオレスピーチ”についてはこちらの記事をご参照ください。
2024年のアメリカ大統領選が終わりました。慣習に従い、勝者のトランプ氏は勝利スピーチを行い、敗者のハリス氏は敗北スピーチを行いました。両者のスピーチ解析は過去にも行いましたが、今回の勝利スピーチと敗北スピーチは、プロスピーカーの視点に加え、AI解析ツールも導入して解説しています。
オレオレポイントその①:逆境を克服した挑戦者を演出
まず最初の”オレオレ”ポイントは、自分は類まれなる勝利者である、ということを強調した点です。選挙日前にはトランプ氏は勝利が確実だと語り、不正がなければ勝つと断言していました。が、勝利宣言スピーチでは、彼自身が「逆境を克服した挑戦者」であるかのように演出しました。
We overcame obstacles that nobody thought possible and it is now clear that we’ve achieved the most incredible political thing, look what happened, is this crazy? But it’s a political victory that our country has never seen before, nothing like this.
(誰もが不可能だと思っていた障害を私たちは乗り越え、今や信じられないほどの政治的成果を成し遂げたことが明らかです。見てください、これは驚きですよね?しかし、これはこの国がこれまで見たことのない、全く新しい形の政治的勝利なのです。)
トランプ氏は、刑事裁判や暗殺未遂など、これまでの困難を指摘し、「これまで誰も見たことがないような運動だ」と述べ自身の勝利を「アメリカ史上最大の政治的カムバック」である、と位置付けました。
また、トランプ氏は自らが推進してきた「MAGA運動」の勝利も宣言し、同運動の効果を自ら称えました。
MAGA運動とは、「Make America Great Again(アメリカを再び偉大に)」の頭文字をとったもので、2016年のアメリカ大統領選挙でトランプ氏が掲げたスローガンから生まれた政治運動です。トランプの支持者や賛同者が中心となり、アメリカの経済、外交、安全保障、移民政策に関して「アメリカ第一」の考え方を支持し、国内の産業と雇用の保護や国境管理の強化、伝統的なアメリカの価値観を重視する姿勢が特徴です。
トランプ氏は上院と下院での共和党の勝利を「強い支持」と表現し、自分自身が率いた運動が正しかった、というオレオレ持論を展開しています。
通常、自分視点のオレオレスピーチは、聞き手の心を遠ざけてしまうものですが、宗教的と言えるほどトランプ氏を崇拝するサポーターにとっては、オレオレスピーチは、トランプ氏への崇拝の意を更に高めるものになっているのが特徴です。
オレオレポイントその②:”オレ”の仲間内のみ褒め称える
トランプ氏はおよそ25分のスピーチ中、対立候補である副大統領カマラ・ハリスや民主党の名前を一切出さず、共に選挙戦を戦い抜いたことを称えることなく、自身、共和党、そして身内の素晴らしさにフォーカスしたスピーチを行いました。
特に、「スターが生まれた、イーロン」と、テスラとスペースXのCEOであるイーロン・マスク氏について、長々と言及しました。
イーロン・マスク氏は、自身が設立した政治活動委員会、「アメリカPAC」に対し、総額1億1860万ドル(約180億円)を献金し、トランプ氏の選挙活動を支援しただけでなく、「アメリカPAC」を通じて、激戦州の有権者を対象に、言論の自由や銃所持の権利を支持する請願書への署名者から毎日1人を抽選で選び、100万ドル(約1億5000万円)を贈呈するキャンペーンを実施しました。この取り組みは、このような大規模な現金配布は、選挙法に抵触する可能性が指摘されていました。
このように、選挙活動の一環として有権者の関心を引き、トランプ氏への支持を促したイーロン・マスク氏を、「オレの身内」という位置づけで大きく称賛しました。
さらに、アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップのCEO、ダナ・ホワイト、ポッドキャスターのテオ・ヴォンとジョー・ローガン、そして独立系の大統領候補であるロバート・F・ケネディ・ジュニアについても触れ、次期政権の顧問になり得る、「オレ(を支援する)身内」の顔ぶれも垣間見えました。
オレオレポイントその③:宗教的なレトリックで自身を祭り上げる
更に決定的なオレオレポイントは、宗教的なレトリックです。トランプ氏はペンシルベニア州バトラーでの暗殺未遂以来、宗教的なレトリックを使うことが多く見られていましたが、勝利宣言でも例外ではなく、「神に選ばれし者」と言わんばかりに、宗教的なレトリックを使って自分自身を祭り上げるコメントもしています:
They said that many people have told me that God spared my life for a reason. And that reason was to save our country and to restore America to greatness.
(多くの人々が、神が私を生かしたのには理由があると言ってくれました。その理由は、この国を救い、アメリカを再び偉大にするためだということです。)
宗教的レトリックで、”オレオレ”を絶対的なものとする心理的効果を増長しています。
AI解析
さて、ブレイクスルーでは、個人コーチングや企業研修において、時折、YoodliというAI解析ツールを使用し、客観的な分析も提供しています。
今回のトランプ氏の勝利宣言スピーチについても、このAI解析ツールにかけてみました。
ここで注目していただきたいのは、「Weak Words(印象の弱い単語)」と、「Repetition(重複)」です。トランプ氏のスピーチの特徴をよく捉えています。
「Weak Words(印象の弱い単語)」ですが、聞こえはいいが具体性が低い単語であったり、アサーティブではない表現などが含まれます。これは謙遜しがちな日本人にもよく見られる傾向なのですが、「Great」、「Best」、「Very」、そして、「I think」「I hope」「Probably」などです。
「Great」、「Best」、「Very」などの具体性の低い単語については、聞き手にとってどのようにGreat、Bestなのか、Veryとはどれくらいのことを言うのかが曖昧かつ抽象的で、聞こえは良いのですが、聞き手の心には具体性を以って刺さりません。また、I think、I hope、Probablyなどは、説得力が弱く、自分自身が思っているだけで根拠が弱い、と受け取られてしまいます。
ことば選びは、聞き手が明確にメッセージを受け取ることができるよう、シンプルかつ「具体的」に行うことがポイントです。ブレイクスルーではこれを、KISS(Keep It Simple Specific)の法則、と呼んでいます。
KISS(Keep It Simple Specific)の法則についてはこちらの記事をご参照ください:
2024年のアメリカ大統領選が終わりました。慣習に従い、勝者のトランプ氏は勝利スピーチを行い、敗者のハリス氏は敗北スピーチを行いました。両者のスピーチ解析は過去にも行いましたが、今回の勝利スピーチと敗北スピーチは、プロスピーカーの視点に加え、AI解析ツールも導入して解説しています。
また、「Repetition」はトランプ氏のスピーチの大きな特徴です。
ワンビッグメッセージ(R)など、重要なメッセージを意図的に繰り返すことは効果的なのですが、トランプ氏の場合は、語尾の部分を繰り返す習性があり、これは無駄な重複です。例えば、「This was something. This was somthing.」、「We’re gonna try. We’re gonna try.」、「It’s gotta be turned around. It’s gotta be turned around. 」、「Works very hard, works very hard.」、「Terrific job. Terrific job.」などです。
今回の勝利宣言スピーチの中では、このような無駄な重複が、55回も見られました。
ハリス氏の聞き手視点(You-Focused)な共感スピーチ
カマラ・ハリス氏は、敗北スピーチにもかかわらず、満面の笑顔を浮かべて演台に立ちました。そしてスピーチの第一声となった「Good afternoon, good afternoon」には、明るい声のトーンが聞き取れました。10分強の敗北スピーチは、落胆したサポーターの暗闇に光を照らすように、聞き手の心に寄り添い、共感を呼ぶスピーチに仕上がっていました。
共感ポイントその①:楽観ではなく希望にメッセージを寄せ、皆が起こせる行動はあるのだ、と促した
日常的には「希望」と「楽観」はほぼ同じ意味で使われますが、心理学では異なると考えられています。心理学者のケンドラ・トーマス教授は、楽観と希望について、次のように語っています:
Optimism can rely on a sense of luck over action. Hope, on the other hand, isn’t leaning into sunny, good vibes no matter what. It is more clear-headed about challenges and difficulties. Hope, is often defined in psychological research as having a strong will to succeed and plans to reach a goal.
敗北スピーチの中でハリス氏は、楽観ではなく希望に重きを置きました。「なんとかなる」と励ましたり、トランプの2期目が案じているほど悪くならないと慰めるのではありませんでした。
ハリス氏は、「多くの人が暗い時代に突入すると感じているでしょう」と述べ、次の4年間が厳しいものであることは避けられないが、ただ前向きになるようにとは言わず、行動するよう促しました。「自由のための戦いには努力が必要だが、この国のために働き戦うことには常に価値がある」と述べ、人々が互いに親切にし、投票し、国と地域を良くしよう、と訴えました。
「空を輝く星で満たしましょう」と締めくくった彼女の言葉は、ケンドラ・トーマス教授の希望の定義とほぼ一致しています。心理学は希望と楽観を区別するだけでなく、希望を選ぶべきだとも考えており、これは、ハリス氏が選んだ道でもあります。
共感ポイントその②:心理学の研究に裏打ちされたコンセプトをワンビッグメッセージ(R)に据えた
ケンドラ・トーマス教授によると、
「希望は学業の成功や痛みへの対処能力を楽観よりも予測する力が強いです。多くの科学的証拠が、希望が健康や幸福を向上させることを示唆しています」。
また、『The Power of Meaning』の著者エミリー・エスファハニ・スミス氏によると、
「多くのアメリカ文化では、不安や抑うつを感じた時に『自分の幸せのために』とアドバイスされますが、それが目標である場合、意味のある活動の方が深く心理に影響します」。
更に、イエール大学のロリー・サントス教授も同意見で、
「自己ケアはバブルバスのようなものか、自己中心的な追求と思われがちですが、データは他者のために良いことをする方が自己ケアには効果的だと示しています」。
と述べています。
ハリス氏は、このような根拠をベースに、「互いを親切と尊敬で扱い、見知らぬ人に対しても隣人として接し、私たちの強さで人々を支えるように」と呼びかけ、現実を見据えた希望は、バラ色の楽観よりも人を長期的に強くし、成功に導く、と示唆し、絶望から抜け出し、強靭さに向かうための道を示してます。
共感ポイントその③:歴史に残る名スピーチから、「希望」と「光」を効果的に印象付ける引用句を活用
スピーチのオープニングやクロージングで引用句を活用することは、効果的な方法であるケースがあります(必ず、とは限りません)。
効果的であるケースは、その引用句が、伝えたいメッセージを明確に示し、かつ、過去の人物も唱えていたことで、そのメッセージが有効であることの証である、と印象付けることができるケースです。
ハリス氏の場合、クロージングの中で二つの引用句を効果的に使い、聞き手の共感を更に高めることに成功しています。
「希望」をワンビッグメッセージ(R)の中核に置いた敗北スピーチのクロージングで、「暗さが十分である時にのみ、星を見ることができるのです」と語り、暗殺の前日にメンフィスで行ったキング牧師の有名な演説の一節を引用しました。
Only when it is dark enough can you see the stars. I know many people feel like we are entering a dark time, but for the benefit of us all, I hope that is not the case. But here’s the thing, America, if it is, let us fill the sky with the light of a brilliant, brilliant billion of stars.
(十分に暗くなった時にのみ、星が見えるのです。多くの人が暗い時代に入ろうとしていると感じているのはわかりますが、私たち全員のためにも、そうでないことを願っています。)
この引用句は、モーセのように頂に登り、約束の地を見たと語るキングの言葉で有名です。彼は困難な日々が来るとしながらも希望を示しました。
その後、ハリス氏はもう一つの引用句を活用しています。ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領の「千の光点」です。
But here’s the thing, America, if it is, let us fill the sky with the light of a brilliant, brilliant billion of stars.
(しかし、こういえるのです、アメリカ国民の皆さん、もしそうなら、空を輝く、輝く億万の星の光で満たしましょう。楽観、信仰、真実、そして奉仕の光で。)
ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領の「千の光点」のフレーズは、1989年の就任演説で次のように語られていました:
I have spoken of a thousand points of light, of all the community organizations that are spread like stars throughout the Nation, doing good.
(私は、国中に星のように広がり、善を行っている無数のコミュニティ組織について、『千の光点』と語ってきました。)
ハリス氏の「空を輝く、輝く億万の星の光で満たしましょう」という表現は、「千の光点」を彷彿させ、「希望」というワンビッグメッセージ(R)を更にビビットに印象付ける効果を格段に高め、聞き手の感情を揺り動かしています。
AI解析
トランプ氏の勝利宣言スピーチと同様、AI解析ツールのYoodliでハリス氏の敗北スピーチも解析してみました。
トランプ氏に比べ、Weak Words(弱い単語)やRepetition(重複)は格段に少ないことが分かります。一方で、「Consciseness(簡潔さ)」が課題として挙げられます。トランプ氏の場合、表現がKISSでない一方で、短いフレーズを重複する傾向があるため、AI解析では「簡潔にまとまっている」と分析されるのでしょう。ハリス氏の場合、Yoodliは例えば次のような改善提案をしています。左側が原文、右側がAIによる提案です:
プロフェッショナルスピーカーである信元の視点から言うと、AIの提案である、「Full of gratitude for your trust, love for our country, and resolve」などは確かに簡潔ではあるのですが、「Full of gratitude for your trust, 」は採用し、その後はハリス氏の原文のように、「Full of love for our country, and full of resolve」とした方が効果的であると考えます。
その理由の一つは、「3のマジック」です。メッセージを並列で並べる際、3つの要素を同じパターンで並べるのが効果的、とされているスピーチのルールです。この場合は「Full of ….」を3つ重ねて並べることで、リズム感が良く、聞き手の耳にメッセージが入りやすくなります。また、Full ofを重ねることで、「My heart is full」のメッセージが、どれだけ「Full」だったのか、強調することができ、聞き手の共感を高めることができます。
その次の文章も同様で、AIの提案である「This election’s outcome isn’t what we wanted」は採用するとして、次に続く箇所は、ハリス氏の原文のとおり、「3のマジック」を使って「not what we fought for, not what we voted for」と重ねるのが効果的でしょう。
人間の感情の揺り動かし方の技術の一つである「3のマジック」を、ハリス氏は効果的に活用していますが、AIではやはり人間の感情までは解析しきれない、ということになるのでしょう。