技術畑でバリバリやってきたAさん、最近営業部に配属された。営業で技術に明るい人がいてくれると助かる。とかく営業部と製造部は対立があったりするが、Aさんのような人材がいれば良い橋渡しになると期待されてやってきた。
でも、営業に不慣れなAさん。技術の説明は得意だが、どうも営業先では不評だ。話が難しくてよく分からないとクレームの嵐になった。
悶々としたまま、その原因を求めてブレークスルーの講座を受けに来た。一通り全部学習した彼は、最後にこう語った。
「自分の間違いがよく分かりました。私は、自分ができること、達成したことばかり話してしまう癖があるようです。相手を置いてきぼりにしていました。」
「相手にメリットがある言葉を、プレゼンに盛り込んでいくことの大切さを学びました」
どういうことか? ここでは、このAさんの言葉を起点にして、相手の心に響き、分かりやすく、次の行動を喚起するスピーチの作り方を、準備と構成の仕方の2つの側面から解説しよう。
1. 聞き手のニーズをつかみ、心に響かせ、好印象を残す
スピ―チは構成前にしっかりと相手の「調査・分析」をすることが重要
なぜAさんの営業トークはうまくいかないのか? それは、聞き手の心に響かないからだ。では、なぜ心に響かないのか? 相手のニーズにハマっていないからだ。結局、「私には関係ない」と思われてしまっているのだ。だから、相手のニーズやウォンツを知ってからスピーチするのとしないのとでは雲泥の差がある。
そもそもなぜスピーチをするのか?
それは、スピーカーに「説得したい、情報を伝えたい、買ってもらいたい、視野を広げてもらいたい、何か改善してもらいたい、反対意見から賛成意見になってもらいたい、感動を与えたい、行動喚起をしたい」など、色々な目的があるからだ。
つまり、スピーカーには「スピーチを通して聞き手に何らかの影響を与えたい」という目的がある。その目的を果たすためには、まず聞き手について知らないといけない。
準備で最初にすることは、原稿を書くことではない!
しかし、スピーチをする際、大体最初にすることは何か? ほとんどの人は、まず原稿を書き始めたり、パワポを開く。この行動は、多くの場合、「聞き手が何を求めているのか」ではなくて、「自分が何を言いたいのか」に偏っている結果だ。
自分だけの視点では、「相手に影響を与える」ことは難しい。
技術畑出身のAさんは、「技術の高さ、良ささえ分かてもらえれば、買ってくれる」と思い込んでいた。確かにそういう一面はある、でも、相手の興味のない話をしても、相手に響かない。だから、「話がよく分からない」とのクレームが出たのだ。
つまり、聞き手に興味を持ってもらい、買ってもらうには「聞き手視点」が欠かせない。「聞き手が何を聞きたがっているか?」をまず探ることが第一歩なのだ。ビジネスにおいて、商品を開発販売する前には、必ずマーケティングを行うように、聞き手の「調査・分析」のプロセスが必要なのだ。
相手のニーズ・ウォンツをつかむ4つの質問
「聞き手に何らかの影響を与える」ためには、「聞き手が何を聞きたいか?」をまず探ること。相手のニーズに合わない話は聞いてもらえない。しかし、ニーズにピッタリ合って、聞き手とつながれば、「素晴らしい!」と賞賛される。
その相手のニーズを探るための自分に対してすべき質問は、以下の4つだ。
事前調査「聞き手を調査・分析する4つの質問」
- 聞き手は誰か?
- 聞き手へのベネフィット・ニーズは何か?
- なぜあなたなのか?
- 聞き手にどうなってもらいたいのか?
Aさんの場合に当てはめて考えてみよう。
- 相手はクライアント。同じクライアントでも、自分とは縁遠い農業分野の技術普及課の人たち
- 抱える悩みは、素人菜園をする人たちに対して、問題点に対する答えをわかりやすく検索できるデータベースシステムがない、ということ
- Aさんは、農業は分からないが、検索システムやデータベースを開発してきた人だ。
- 今回は初めてなので、より分かりやすい検索システムを体験したい、と相手に思ってもらい、次回の会合をセッティングすること
3で、「なぜ自分なのか?」を考えるときに、自分の経験談を紹介することも内容に盛り込もう。そうすれば、それも相手の役に立つかもしれない。
さらに、スピーチ/プレゼンが終わったあと、聞き手に取ってもらいたい「次の行動」をしっかり考えることは重要だ(④)。上に書かれたことを目的とするなら、それをスピーチのクロージングに持って来るようにすると良い。
このように、相手のことが整理して、理解し、訪問の目的もはっきりすれば、自ずと話すべき内容が決まってくるものだ。原稿を前に、アイディアを練ろうとあくせく苦悶しなくてもいい。
2. 言いたいことを整理し、より分かりやすく
シンプルで整理された構成がベスト
よくある間違いは、言いたいことを詰め込み過ぎてしまうことだ。自分が伝えたいことがたくさんあり、たくさん情報を与えた方が、相手にたくさんの選択肢や、判断材料を与えることになるから、その方が親切だと考える人は多い。
しかし、一部の人を除き、一般の聴衆はあまり情報が多すぎると、判断がつかなくなり、逆に、あなたが何を言いたいのか分からなくなってしまうのだ。結果、聞いた後、何も残らなくなり、Aさんの目的である「次のミーティングにつなげる」ことができなくなってしまう。
中心となるメッセージを一つに絞る
だから、何を言うべきか、何を言わないべきか、あらかじめ整理しておく必要がある。これには時間がかかる。この整理がされていないと、聞き手は、困惑するだけだ。
従って、相手のニーズに合わせて自分の言いたいことを整理し明確にすること。中心となるメッセージは何か? それを研ぎ澄ますことが一番大切だ。このメインとなるメッセージをブレイクスルーメソッドでは、ワンビッグメッセージと呼んでいる。これを日本語なら20語以内、英語なら、10 words で言い表すことが成功の秘訣だ。
さらに、聞き手にとって分かりやすい構成が必要だ。ワンビックメッセージを考えたら、それをサポートする3つのメッセージを考えよう。
論理的でシンプルな構成作り4ステップ
- a) ワンビックメッセージをつくるための共通点を探る
- b) 20字以内で表現する
- c) 3つのサポートメッセージを考える
- d) ワンビックメッセージと3つのサポートメッセージをつなぐ
a) ワンビックメッセージをつくるための共通点を探る。
聞き手の情報が揃ったら、いよいよワンビックメッセージをつくる。まずは、自分と相手の共通するものは何かを探る。そして、自分が聞き手に何を与えられるかを深く考察する。共通基盤が増えれば増えるほど、相手により深く共感してもらえるだろう。
Aさんの場合なら、自分が自ら農業体験をしてみて、共通点を作ることも考えられる。そして、相手が一番求めている検索システムについては、自分がもっとも経験を積んできた分野であることをアピールすれば良い。また、分かりにくい専門用語を分かりやすく書き換えることが、素人菜園をやろうとする人たちには重要だが、そこは逆に、農業が素人であるAさんの強みとして、書き換え作業に必ず役に立てると申し出ることができるだろう。
b) 20字以内で共通部分を表現する
自分のスピーチ・プレゼンを通して一番アピールしたいポイントのことをワンビッグメッセージと呼ぶことは前述した通りだ。聴き手に強い印象を与え、あなたのスピーチをいつまでも覚えていてもらうためには、このワンビッグメッセージがはっきりしていることが大切であり、それを上手に表現することが決め手になるのだ。
そのためには、その一つの共通点を20字以内で表現してみよう。
Aさんの場合なら、
「サルでも分かる問題解決検索システムの提案」
とでもまとめればいいだろう。
c) 3つのサポートメッセージを考える
ワンビッグメッセージができたら、それを正当化できる3つの事実・理由を考えよう。それを考えるに当たっては「なぜそう言えるのか?」を繰り返し自問自答するのが、ポイントだ。
なぜサポートメッセージが必要か?
なぜサポートメッセージを考えるかというと、メッセージだけでは説得力がないからだ。何かを伝える時は必ず理由とセットで伝える。これも、今後の仕事に役立つので覚えておこう。
ちなみに、なぜ3つなのか。それは、「3つの法則」というのがある。人間の脳は、2つだと「何か物足りない」と感じ、4つだと「ちょっと多いな」と感じ、3つあると「満足する」ようだ。実際に、有名なスピーチはいずれも「3つのX X」を掲げているものが多い。
サポートメッセージを「3つ」に決めるプロセス
いくつも頭に浮かんでくるようなら、思い切って捨てることが大切。あれもこれも並べられても、人はそんなにたくさんの情報を一度に処理できないものなのだ。整理するためには次のプロセスを踏もう。
- 思いつくままにポイントをできるだけ書き出す(発散的思考)
- 書き出した内容をグルーピングし、3つに絞る(収束的思考)
- サポートメッセージに落とし込む(日本語なら20語以内、英語なら10 ワード以内)
つまり、プロセスとしては、最初に、思いつくままに付箋紙などを利用して、ポイントを書き出して行く(発散的思考)。この段階では何も判断はしない。その後、似通った内容のものはグルーピングする。いくつかグループができたら、その中で本当に必要な内容はどれかを判断し、3つまでに絞り込む(収束的思考)。実は、このプロセスが難しい。どのアイディア・項目も愛着があったりして、捨てきれない場合がある。しかし、少しでも関係のないものは勇気を出して切り捨ててしまおう!
- (発散的思考:例)自分は10年来の経験がある。分かりやすい検索とは何かを追求してきた。専門用語を使いすぎるとよくないので、自分が素人として、それを指摘し、分かりやすく書き直せる。他のS社との比較では、我が社の方がコスパがいい。クラウドを上手く使えば、もっと安くできるし、既存のパソコンで間に合うだろう。データ収集整理のプロセスが大変なので、ここは今後の課題。
- (収束的思考:例)上記の中から、コスト、経験、分かりやすさだけに絞ろう。他は重なる部分がある。将来的課題は、商談成立後にじっくり話せば良い。
- サポートメッセージに落とし込む(日本語なら20語以内、英語なら10 ワード以内)
d) ワンビックメッセージと、3つのサポートメッセージをつなぐ
誰も難しい話は聞きたくない。相手に心から納得してもらえ、分かりやすくて、論理的で、シンプルに全体をまとめるには、こんな構成が望ましい。
Opening: ワンビックメッセージ
Body:サポートメッセージ1
サポートメッセージ2
サポートメッセージ3
Closing: ワンビックメッセージ
以上を骨格にして、必要な肉(データ、エピソード、理論など)をつけていく。このフレームさえ崩さなければ、聞き手はあなたの話に熱心に付いてきてくれるだろう。
Aさんの場合なら、
「サルでも分かる問題解決検索システムの提案」をワンビックメッセージとし、
Body:サポートメッセージ1 過去10年の検索システムの開発の経験
サポートメッセージ2 初心者が分かりやすいと思う条件
サポートメッセージ3 新技術導入でコストダウンが可能
まずは相手を知ることから始めてみよう!
スピーチを成功に導き、相手に好印象を与え、いつまでも覚えていてもらうためには、準備に十分な時間をかけることだ。準備を入念にしておけば絶対に致命的な失敗はしない。
私も以前は、スピーチは、本番で臨機応変にこなすことだけで十分だと思い込んでいた。それは確かに重要な一面ではあるが、それだけだと深みが出ない。一番重要なことが分かりにくかったり、説明が不十分で終わったり、鋭い突っ込んだ質問に応えられなかったりした。だから、「あの人適当よねぇ」「チャラチャラしてる」と見られがちだった。
なので、否が応でも、周到な準備をするように心がけた。すると同じ笑顔でも自信が漂うようになり、リピーターも増え、評判も上がった。
準備を入念にすることは誰でもできる。話し方は下手でも、準備さえしっかりしておけば、その努力の影は自然と聴衆に伝わるものだ。たとえ、本番でセリフを忘れても、聴衆の方でカバーしてくれることもあった。
それには、まず、聞き手に対して興味を持ち、どんなことに興味があるかの情報集めから始めてみよう。そこさえ抑えておけば、あとは場数さえ踏めば、どうとでもなる。ニーズとウォンツを調べるために、顧客とざっくばらんな会話を楽しんでみるのはいかがだろうか。きっと相手に喜んでいただけるヒントが隠されているん違いない。