ストーリーの力を最大限発揮したステーシー・アブラムスのスピーチ徹底解析

「信元夏代のスピーチ術」編集長 信元です。

アメリカ次期大統領バイデン氏が、副大統領候補を選定する際候補に挙がっていた、ある黒人女性のことをご存じでしょうか。

ステイシー・エイブラムスとはどんな人物?

1984年以降、1992年の1回を除き、28年間、共和党候補が制してきたジョージア州で、大接戦を引き起こし、11月13日現在まだ再集計中ではあるものの、ほぼ、バイデン氏(民主党)の勝利が確実になっています。その立役者となったのが、ステイシー・エイブラムスと言われています。

2年前、ステイシー・エイブラムスはジョージア州の州知事選に立候補しましたが、僅差で敗れました。しかしエイブラムスはそこで失脚することなく、大規模な投票権の抑圧が行われていたことに対して声を上げ、活動を続けました。調査によると、2018年の州知事選までに、ジョージア州では100万人以上の人々の名前が有権者名簿から削除されており、投票権を取り消された人の70%が黒人であることが明らかになっていたのです。そこでエイブラムスは、「ニュー・ジョージア・プロジェクト」という無党派の組織を立ち上げて人々に有権者登録を促し、更に、各州で有権者を保護するチームのトレーニングを支援する組織、「フェア・ファイト」を設立し、有色人種の若者に教育を施し、彼らの意識を高めると同時に、有権者登録を促す活動もしています。また、アマゾン・プライムから、「All In: The Fight for Democracy」というドキュメンタリー映画も配信。これらの活動の効果により、新たにあ80万人もの有権者がジョージア州で誕生し、今回の選挙の結果につながっています。

そのステイシー・エイブラムスが、2019年、トランプ米大統領の一般教書演説を受けて、民主党の代表として、反論演説を行いました。その演説は、まさにストーリーの力を戦略的に組み込まれた素晴らしいものでしたので、ブレイクスルースピーキングで提唱する「6つのC」(詳しくは、フォレスト出版の著書、”ストーリーに落とし込め 世界のエリートは自分のことばで相手を動かす” をご参考に)に沿って解説していきます。

一貫した”ワンビッグメッセージ”

どんなスピーチ・プレゼンにも、この1点が必ず伝わってほしい、という大切なポイントがあるものです。それをブレイクスルーでは、「ワンビッグメッセージ」と呼んでいます。(詳しくは、朝日新聞出版社より刊行の、”20字に削ぎ落とせ~ワンビッグメッセージで相手を動かす”をご参考に)

エイブラムス氏のスピーチは、冒頭のストーリーからクロージングのパワフルなメッセージまで、異なる表現をしながらも、一貫したワンビッグメッセージが伝わってきました。それは、

Together, we are coming for America, for a better America”.(共にアメリカのために立ち上がる。より良いアメリカのために。)

です。そしてこのワンビッグメッセージは、オープニングのストーリーでもそのベースとなるエピソードが紹介され、問題提起の部分でもクロージングの行動喚起の部分でも一貫して伝わってくるものです。

ではどのような構成になっていたか、解説していきましょう。

6つのCに沿ったストーリー構成

まず冒頭から、余計な前置きもなくストーリーが始まります。

ストーリーは、聞き手の心を開き、注目や興味を引き、描きたい世界観の中に聞き手を連れていく、という効果がありますから、冒頭からストーリーで始めるスピーチの手法は非常に効果的です。

彼女のストーリーでは、エイブラムスの家族が登場し、両親から教えられた価値観、特にそれを体現する父親のエピソードから始まります。

Character~登場人物

  • 図書館の司書である母親。学ぶことの楽しさを教えてくれた
  • 造船所の工員である父親。残業をしながら家族を支える。経済的に苦労していたにもかかわらず、他社を助けるためのボランティア精神が大切であることを教えてくれた

両親ともに、家族の価値観をとても大切にしていた。それは、信念、教育、責任、であった。この価値観を両親から受け継いだからこそ、エイブラムスは、自分の愛する国、アメリカのために貢献したいと考え、”より良いアメリカを作るために、あらゆる違いを乗り越えて共に立ち上がる”(ワンビッグメッセージ)ことが必要だ、という強い信念を持つようになった。

両親、そして両親から受け継いだ価値観が冒頭から登場し、エイブラムスのワンビッグメッセージが、上辺だけのものではなく、人生をかけて信じ、実践してきた確固たる信念である、ということを効果的に伝えています。

Circumstance~状況

エイブラムスの家族は、常に、低所得~貧困の間を行き来していた。そのため、車は家族に一台しかなく(アメリカの大半では一人に一台が標準)、父親は、仕事帰りにヒッチハイクをし、30マイル(約50キロ)の道のりを歩いて帰ってくることもしばしば。

ある日、冷たい雨降る夜、父親がなかなか帰ってこないので心配になった家族は、全員で車に乗り込み、造船所までの道をたどって運転していった。すると、ジャケットも着ず、雨でびしょぬれになり、肌に張り付いた袖の中で凍えながら歩いてくる父親を発見。ジャケットはどうしたのかと尋ねると、次の返答。

”途中でホームレスの男に出会ったんだよ。凍えそうにしていたからジャケットをあげたんだ。”

しかしそのジャケットは、父親が唯一持っていたジャケット。更に父親は続けます。

”僕が彼を放っておいたら、彼はまだ独りぼっちだろう。でも僕は、そばにいてくれる家族がいる。だから彼にジャケットをあげられたんだ。ほら、こうしてみんな僕のところに来てくれただろう?”

 

このエピソードは、たった1, 2分程度のストーリーにもかかわらず、このスピーチ全体のトーンを紡ぐ大切な役割をしています。

まず、”冷たい雨降る夜”、”雨でびしょぬれ”、”肌に張り付いた袖の中で凍えながら”…これらの表現だけで、視覚的イメージが鮮明に浮かび上がります。冷たい雨のにおいまで感じさせます。

更に、父親のセリフを、ダイアログとして登場させたことで(父親は○○と言いました、ではなく、父親はこう言いました、”(セリフ)”、という形式がダイアログです)、父親という登場人物が生き生きと浮かび上がり、彼の性質、更には価値観が、身近に感じられるのです。

そして最も大切なこと。それは、このストーリーにより、エイブラムスが幼いころから受け継いできた、家族の価値観を明確に示しており、それを今でも体現し、更にはアメリカ国民にもその価値観を伝えようとするワンビッグメッセージの基盤となっている、ということです。そして、”より良いアメリカ”という、「明るい未来予想図」を描きながら、次に登場する、この国が現在直面している数々のコンフリクトとのギャップを際立たせる役目も担っています。

Conflict~コンフリクト・障害

”より良いアメリカを作るために、あらゆる違いを乗り越えて共に立ち上がる”(ワンビッグメッセージ)ための基盤となった、家族の価値観を、ストーリーでハイライトさせた上で、現在アメリカが直面する悲惨な現状を突きつけます。

教育費の問題、銃コントロール問題、移民問題、気候問題、医療保険システムの問題、失業問題、低賃金問題…その結果、まじめに働く多くのアメリカ国民たちが苦しい生活を余儀なくされていること…そして最も深刻な問題、それは、投票権の抑圧。

これらの現状が、”より良いアメリカを作るために、あらゆる違いを乗り越えて共に立ち上がる”ための障害となっている、とエイブラムスは説きます。

ストーリーの中のコンフリクトは、一つの大きなコンフリクトとして見せるよりも、複数の障害が折り重なった複雑なコンフリクト、として見せる方が、より「明るい未来予想図」とのギャップが際立ち、聞き手の心が揺さぶられます。この、ギャップを際立たせながら、少しずつ緊張感を高めていく手法を、ブレイクスルーでは、「モールエスカレーター方式」、と呼んでいます。

例えば、映画「タイタニック」。

もし、タイタニック号が氷山にぶつかってからすぐに沈没してしまったら、50階から1階まで急降下するエレベーターのようにすぐにストーリーが終わってしまいます。これを「エレベーター方式」、と呼びます。

逆に、氷山にぶつかった後何時間たっても浸水が足元レベルを保っていたとしたら、空港にある動く歩道のように、何の変化もなく、これも聞き手の心は離れてしまいます。これを、「動く歩道方式」と呼びます。

しかし、「モールエスカレーター」では、表参道ヒルズにあるように、エスカレーターを1階上がると、そのフロアをぐるりと回ってからもう1階上がる…というように、緊張の高まりと安定を繰り返して徐々に状況がエスカレートしていきます。映画「タイタニック」でも、そのようなストーリー構成になっています:

タイタニック号が氷山にぶつかった⇒一番下のボイラー室が大変な状態に⇒上の階はまだまだ気づきもしない⇒主人公ジャックが捕らわれた部屋にも浸水が始まり、顔すれすれまで水が溢れてくる⇒ヒロイン・ローズが助けに来て危機一発、部屋から逃げられる⇒上層階も浸水し始める⇒未だオーケストラは演奏を続けている⇒ついに上層階も大変な事態になり、船が真っ二つに。

実は「タイタニック」だけでなく、映画や小説も含め、秀逸なストーリーには、「モールエスカレーター方式」が取り入れられているのです。

エイブラムスのスピーチもまさに、この「モールエスカレーター方式」により、Conflict(葛藤)が戦略的に高められていっています。

Cure~救済策

Conflict(葛藤)が最大限に高まったところで、何らかのきっかけ、つまり、Cure~救済策~が登場し、事態が収束していきます。

このCureは、人かもしれませんし、出来事かもしれません。エイブラムスのスピーチの場合は、両親から受け継いだ価値観、がCureとなっています。

多くのストーリーは、過去を振り返って、どんなCureがどんなChange(次項)につながったのか、描いていくのですが、エイブラムスのスピーチの場合、これから来るべき「明るい未来予想図」、つまり、”より良いアメリカ”を作るために、自身が受け継いだ価値観を共に実践し、あらゆる違いを乗り越えて共に立ち上がろう、という、行動喚起を呼び起こすワンビッグメッセージに繋げています。

Change~変化

共に行動を起こした結果得られる「明るい未来予想図」こそが、来るべきChangeであり、彼女はこのように描いています:

Our power and strength as Americans live in our hard work and our belief in more. My family understood firsthand that while success is not guaranteed, we live in a nation where opportunity is possible. But we do not succeed alone – in these United States, when times are tough, we can persevere because our friends and neighbors will come for us. (我々のアメリカ国民としてのパワーと強さは、ハードワークと、もっと良くなるという信念にあります。成功は保証されているものではない、ということを私の家族は身をもって知っていました。この国は、オポチュニティーの可能性にあふれた国であることも。でも一人では成功できません。ユナイテッド・ステイツとして統合された国、アメリカには、大変な時期でも共に立ち上がる力があるのです。

Carryout~学び・解決

そして力強いクロージングとして、このように行動喚起を訴えかけます。

Exercise your voting rights. Stand for, and with one another, for stronger America together. (あなたの投票権を行使してください。より強いアメリカのために、そしてそれを共に作るため、立ち上がりましょう)

そしてエイブラムスが受け継いだ家族の価値観を再度共有し、Together, we are coming for America, for a better America”.(共にアメリカのために立ち上がる。より良いアメリカのために。)というワンビッグメッセージを聞き手の心に深く刻み付けています。

 

 

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