2024年オスカーノミネートを獲得した映画の主人公本人のTEDトークを徹底解説

アメリカ時間の本日、2024年3月10日、第96回アカデミー賞(2024年度)が開催されました。

日本でも話題になった、「オッペンハイマー」が多くの賞を受賞しましたが、私が注目していたのは、主演女優賞と助演女優賞の2カテゴリーでノミネートされた、あまり知られていない作品でした。それは、「ナイアド~その決意は海を越える~」です。

ノミネートされたのは、主演のダイアナ・ナイアド役を演じた、アネット・べニング、そして、ダイアナ・ナイアドを支えるボニー・ストール役を助演したジョディ・フォスターです。これは、アメリカの長距離水泳選手として若き頃に活躍したダイアナ・ナイアドの半生をNetflixが映画化したものなのですが、選手引退後60歳になったダイアナが、キューバとフロリダを結ぶ100マイルの海峡を泳ぎ続けて横断する、という、前人未到の偉業に挑戦した、実話に基づくストーリーが描かれています。

あまり知られていないストーリーなのですが、実は私は、2013年にダイアナ・ナイアド本人が登壇したTEDトークが大好きで、何度も聞いていたので、彼女の半生が映画化されると聞いたとき、その公開を心待ちにしていました。

アネット・べニングとジョディ・フォスターの、本人たちを生き写しにしたような迫真に迫る演技も是非観ていただきたいと思いますが、今回はダイアナ・ナイアドがTEDトークで語ったストーリーに注目し、信元開発のブレイクスルー・メソッドに基づいて解説します。

7秒-30秒ルールに基づいた、冒頭から聞き手を引き込むオープニング手法

“It’s the fifth time I stand on this shore, the Cuban shore, looking out at that distant horizon, believing, again, that I’m gonna make it all the way across that vast, dangerous wilderness of an ocean. Not only have I tried 4 times but the greatest swimmers in the world have been trying since 1950 and it’s still never been done.” 
(日本語意訳:これで5回目の挑戦です。私はこの岸、キューバの岸に立ち、遠くの地平線を見つめています。目の前のこの広大で危険な海の荒野を横断する。再度、そう信じながら。1950年から世界中の偉大な泳ぎ手たちが試みてきましたが、まだ誰も成功していません。)

2013年9月2日に64歳で、「人間には無理」と言われた偉業を果たしたダイアナ・ナイアドのTEDトーク、冒頭の30秒です。

聞き手は、7秒で話し手の印象を決め、30秒で、話し手の話に興味があるかどうかを判断する、といわれています。

これをブレイクスルー・メソッドでは、「7秒ー30秒ルール」と呼んでいます。第一印象と第二印象、と呼んでも良いかもしれません。つまり、7秒でインパクトのある第一印象を与えて興味を引き、30秒で心をつかむことが、スピーチ全体の成功を大きく左右するため、オープニングの工夫が非常に大切にってくるわけですが、筆者の著書、「20字にそぎ落とせ~ワンビッグメッセージで相手を動かす」のp.179でも紹介している4つのオープニング方法のうち、ダイアナ・ナイアドは、「ストーリーで始める」という手法を使っています。

しかも、「私が5回目の挑戦をした時のお話をします」のような前置きは一切なく、「これで5回目です」、と、「いきなり」ストーリーに入り、更に、「現在形」で語ることで、あたかも聴衆が今そのストーリーを一緒に疑似体験しているかのような錯覚まで起こしており、非常に効果的なオープニングになっています。

その後、いかにこの挑戦が無謀なものなのか、その深刻さが刻銘に描写されますが、その後、ユーモアを使って、笑いを立て続けに引き起こしている技術も注目すべきポイントです。

「よく、チームは一緒なの?と聞かれます…何を考えているの?一人で空の星を見ながら進んでいくとでも?」

とユーモアを交えて語ると、どっと笑いが起きます。更にダイアナはこう続けます。

「口にナイフを加えて魚を刺して食べながら泳いで、海洋汚染処理工場をおしりに従えて進むとでも??」

また笑いが出たところで、絶妙な間(ま)をとると更に笑いは高まり、「ええ、チームはいるわよ」、とぽつり一言。またそこでどっと笑いが起こります。笑いは、緊張と緩和、正論と極論、建前と本音、などの、ギャップと意外性、そして、絶妙な間合いから引き起こされます。

冒頭からものの1分で、観客を自分の世界に引き込み、緊張感をたかめ、そして笑わせる、という、スピーチの極意を凝縮させており、まさに私が常々語っている、「スピーチは情報のエンターテイメントである」、を体現しています。

記憶に残るワンビッグメッセージ®

ストーリーは、ただ語って「ああよかった」と思っただけでは印象に残りません。伝えたいメッセージをストーリーという形に包んで”プレゼント“するからこそ、記憶に残るストーリーになるのです。

ビジネスにおいても、どんなスピーチでもプレゼンでも、この一点が聞き手に伝わって欲しいというメッセージがあるものです。その「たったひとつの大事なメッセージ」のことを、ブレイクスルー・メソッドでは、「ワンビッグメッセージ®」と呼んでいます。筆者の著書、「20字にそぎ落とせ~ワンビッグメッセージで相手を動かす」(朝日新聞出版)にもタイトルになっている通り、スピーチ・プレゼンで最も大切なポイントといってよいでしょう。言いたいことをたったひとつのワンビッグメッセージ®に絞りこむことで、格段に相手に伝わりやすくなるのです。しかも大事なのは、ワンビッグメッセージを「20字で語る」ことで、より明確に、意図したとおりに伝わるのです。ただし、「20字」は日本語の場合です。英語の場合は10ワード以下、が適切です。

メッセージは相手に解釈の余地を与えてしまうと誤解の元になります。ですから、長い言葉で語りつくそうとすればするほど、解釈の余地は広がってしまいます。それを避けて、明確なメッセージを相手の記憶にしっかり焼きつけるためには、違う解釈のしようがないくらいにまで削ぎ落し、短く、かつ、覚えやすいフレーズで、スピーチ全体を通して一貫して繰り返し伝えることが大切になってきます。

ダイアナ・ナイアドのワンビッグメッセージ®は、Find a way(道を見つけよ)である、と言えるでしょう。

そしてこのワンビッグメッセージ®は、自身の教訓として、Bonnieのセリフとして、そして最後には観客への呼びかけとして使われており、まさにワンビッグメッセージ®のお手本と言ってよいでしょう。全体を通してなにが一番伝えたいことなのか考えぬき、そのたったひとつのメッセージが聞き手に伝わるために必要な情報だけを探し当て、余計な情報はすべて削ぎ落す。つまり、プレゼン・スピーチでは、いかに最重要な情報のみへと整理するかにかかっています。

“目に見える”、“聞こえる”ストーリー

更にもう1点、ダイアナ・ナイアドのTEDトークが優れている点を挙げるなら、ストーリーがビビットに描かれている、という点です。

ブレイクスルー・メソッドでは、もう1冊の著書、「ストーリーに落とし込め~世界のエリートは「自分のことば」(フォレスト出版)で人を動かす~」の第三章にも詳しく記載があるように、信元が開発した「6つのC」こと、”The 6C’s of Strategic Storytelling™ “をフレームワークとして使って戦略的にストーリーを構築していくのですが、この本でも書いていないことが1つあります。それは、ストーリーを語る際、あたかも映画を見ているかのように5感に響く言葉をチョイスしていく、という点です。ダイアナ・ナイアドはそれを素晴らしく実践しています。

彼女のTEDトークからいくつか例を挙げてみましょう:

“Before the first stroke, standing on the rocks at Marina Hemingway, the Cuban flag is flying above. All my team is out in their boats, hands up in the air, “we’re here for you”. “ 

(泳ぎだす前、マリーナ・ヘミングウェイの岩の上に立っています。キューバの旗が風に揺れています。私のチーム全員がボートに乗り出しています。彼らは手を空に掲げています。「あなたのためにここにいるよ」と。)

ダイアナ・ナイアドは、足元を確認しながら、あたかも岩の上に今立ったかのように「岩の上に立ち」のセリフを言い、旗が風に揺れる様子をわずかな手の動きで表現し、チームが手を挙げている様子も再現しています。最初のストロークを始める前の緊張と期待、晴れやかな空、周りの景色から感情までが見事に視覚化されて見えてきます。

‘To be in the azure blue of the Gulf Stream, as if you are breathing, you’re looking down miles and miles and miles to feel the majesty of this blue planet we live on.”
(ガルフ・ストリームのアズールブルーに身を置くかのように、まるで呼吸しているかのように、何マイルも先を見下ろして、私たちが生きているこの青い惑星の威厳を感じます)

 

“You’ve never seen black this black. You can’t see the front of your hand, and the people on the boat, they just hear the slapping of the arms and they know where I am”

(これ以上の黒を見たことはないでしょう。自分の目の前の手も見えません。ボートに乗っているチームは、腕のひたひたとう音だけを聞いて、私の位置を知ります。)

海の色がただの青ではなく、アズールブルーであったこと、ただ海底を見下ろすのではなく、何マイルも先、しかも呼吸しているかのように見下ろし続けていた事。真っ暗な海がどれほどまでに真っ黒なのか。どれほどまでに静かなのか。広大な海を60時間泳ぎ続けたダイアナの感情、見ていた色の濃さ、音の静けさがビビットに伝わってきます。さらには、ここで「I」という自分を主語にするのではなく、「You」という、聞き手を主語に使っています。これをブレイクスルー・メソッドでは「聞き手視点」と呼んでいますが、聞き手を主語にすることで、彼らが今、それを疑似体験しているかのように臨場感を持たせ、ストーリーが紡ぐ世界観に引き込んでいく技法が使われています。

“I’m singing, “imagine there is no heaven♪doo doo doo♬”” 

更に、誰もが知る、ジョン・レノンの“Imagine”を歌い、ストーリーの中に効果的に「音」を取り入れています。

その他、視覚や聴覚だけでなく、クラゲ防止のためにかぶっていたマスクの感覚、途中で訪れる吐き気、低体温症など、「触覚」、「味覚」、「嗅覚」などもストーリーの中に取り込まれており、言葉だけで紡がれているはずのストーリーが、「見える」「聞こえる」「感じられる」ものとしてビビットに伝わっています。

ビジネスリーダーこそストーリーを語ろう

今回取り上げたのは、ダイアナ・ナイアドのTEDトークですが、多くのビジネスパーソンは、自分の体験したことや、自分の身に起こったことをストーリーとして他人にシェアすることはあまりないかと思います。そんなことは個人的なことであって、語るに足りないことであると考えているかもしれません。

しかしそこにこそストーリーの鉱脈があるのです。

ストーリーテリングは、なにも天才的な起業家やビジネス界のレジェンドが語れるものではなく、あらゆるビジネスパーソンのなかに内在しているものです。

ストーリーテリングは自分の内側を掘りさげていく作業です。

あなたが経験したこと。

あなたが苦労したこと。

あなたが失敗したこと。

あなたが気づいたこと。

そうしたパーソナルな体験こそ、人を動かすのです。そして聞き手の学びにもつながります。パーソナルな体験をさらけ出すことのできるリーダーは、本当に強いリーダーと言えるでしょう。全て順風満帆で自信の塊のようなリーダーよりも、苦労話も失敗話も自分の欠点も、全部さらけ出し、パーソナルな体験をストーリーとして語るリーダーにこそ、人は惹かれ、ついていきたい、と思うものです。

今回解説を行ったダイアナ・ナイアドのTEDトークのポイントを参考に、皆さんも人間味の溢れるリーダーに一歩近づくため、自己発見プロセスのストーリーテリング、実践してみませんか?

 

TEDトーク

Never, ever give up |Diana Nyad

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