手話使用者のろう文化に見た、聴者との「異文化コミュニケーション」とは

「信元夏代のスピーチ術」編集長 信元です。

私は3年前から毎年、TEDxTIUの登壇者のスピーチコーチを担当させていただいているのですが、今回、初めて「ろう者」(聴覚に障害があり、手話などでコミュニケーションをとる方々)のスピーチコーチを行う機会に恵まれました。コーチングセッションには、手話通訳の方が常に入られていたのですが、手話での同時通訳をしていただきながらの、ろう者の方のスピーチコーチングは、私にとっても非常に新しく、普段、プロスピーカーとして異文化コミュニケーションを専門に基調講演を行っている私にとって、手話使用者のろう文化と聴者間にも存在する「異文化コミュニケーション」を知るきっかけとなり、とても貴重な機会となりました。

手話通訳者、そしてTEDxTIU当日の通訳も担当された佐田明さんを交えたスピーチコーチングセッション。佐田さんは声優・俳優としても活躍していらっしゃいます。

 

まず最初に、一般的な異文化コミュニケーション理論のお話から致しましょう。

「低コンテクスト」「高コンテクスト」とは

つい先日、2024年7月23日に刊行となった、信元の英文著書、Uncover Your Messageの中から、異文化コミュニケーションの基礎について少しお話ししたいと思います。

2024年7月23日にRoutledge出版社から刊行された新著、Uncover Your Messageは、異文化コミュニケーションを3つの側面(1対1コミュニケーション、1対多数コミュニケーション、1対チームコミュニケーション)から実践的に解説している、万能教科書です。

 

異文化コミュニケーションの分野で良く使われるモデルがいくつかあるのですが、中でも有名なのは、エドワード・ホールによる、「低コンテクスト・高コンテクスト」というコンセプトです。

論理的で直接的、そして考えていることをしっかり言語化して伝えるタイプのコミュニケーション方法を、「低コンテクスト」と呼びます。
その反対に、感覚的で間接的、そして、考えていることはあまり言語化せず、ニュアンスをくみ取ってもらいたいタイプのコミュニケーション方法を、「高コンテクスト」と呼びます。

  • 低コンテクストタイプ
    =論理的・直接的、考えていることはずばっと言葉で伝えられるタイプ
  • 高コンテクストタイプ
    =感覚的・間接的、考えていることはあまり言葉にせずニュアンスをくみ取ってもらうタイプ
新著、Uncover Your Messageより引用。低コンテクスト(Low Context)と高コンテクスト(High Context)の国別分布。

 

この国別分布は、あくまで各国の人たちの平均を測定したものですが、日本は世界の中でも最も高コンテクスト文化であることが分かると思います。

(但し!注意したいのは、あくまで平均的に見て、の分布ですので、必ずしも〇〇人だから△△コンテクストである、とは言い切れないこと、また、人は状況によって、話している相手によって、コミュニケーション方法も変わる、ということを追記しておきます。例えば私も以前は高コンテクストでしたが、アメリカ生活が29年、そして戦略コンサルタント・プロスピーカーという職業柄、とても低コンテクストになっています。)

高コンテクスト文化は、察しの文化、とも呼ばれます。つまり、日本語を使う日本人の私たちの文化は、「空気を読む」という表現にも表れている通り、発する言葉は少なく、また曖昧な表現にとどめられ、相手が察する、というコミュニケーション方法が取られる文化である、ということです。

ですから、高コンテクストな日本人が、そのままのコミュニケーション方法で世界で渡り合おうとした場合、多くのコミュニケーション齟齬が発生することは容易にご想像できることと思います。

日本人同士ならコンテクストを共有しているから通じ合えるだろう、とお思いになるかもしれませんが、実はそれも違います。日本人同士であっても、皆それぞれ価値観・考え方は違います。ましてや、ジェネレーションが異なったり、業界や、会社の中の立場が異なったり、地方の独特な文化を持っていたりするならば、日本人同士でも異文化コミュニケーションが発生しているのです。

異文化コミュニケーションを専門に基調講演を行う私にとって、ここまでは熟知していたのですが、今回、伊藤さんとの出会いで、一般的な日本人の聴者と、手話を使うろう者の方々の間にも大きな異文化コミュニケーションが存在していることを知ってとても驚きました。

TEDxTIU登壇者の伊藤芳浩(いとう・よしひろ)さん

伊藤さんは日本手話を第一言語とするろう者で、コミュニケーションバリアフリーを推進するNPO法人インフォメーションギャップバスターを立ち上げ、現在理事長でいらっしゃいます。2020年には第6回糸賀一雄記念未来賞を受賞されており、コミュニケーションバリアを無くし、ハンディの有無によらず誰もが輝ける豊かな社会を実現するのが夢だそうです。

インフォメーションギャップバスター 公式サイト(外部リンク)

そもそも聴者にとって、手話に触れる機会は、一般的な生活の中ではなかなかないですよね。私もその一人でした。日常で触れることがあまりないものに対しては、なかなか関心も沸きずらいかと思いますが、伊藤さんは今回のTEDxTIUで、コミュニケーションバリアが発生する要因は、「無関心」「無理解」「思い込み」の3つであり、これらを排除しないとコミュニケーション齟齬が起きてしまう、と訴えています。

この点はまさに、「異文化コミュニケーション」と同じです。相手との「違い」に遭遇した時、その「違い」に興味を持つことから異文化コミュニケーションは始まります。

伊藤さんのTEDxTalkを準備するにあたり、数回にわたって、伊藤さんご自身、そして手話通訳の方と密にお話をする機会を得て、私はまさにこの「無関心」「無理解」「思い込み」が一気に払拭される経験をしました。

私の素朴な疑問は、伊藤さんの原稿をアップデートしている時に沸いてきました。

微妙なニュアンスは手話では伝わらない?

スピーチの原稿は、読み物の原稿と大きく異なる点があります。

それは、普段自分が会話をしている口調で原稿を書く、ということです。

例えば、

「意外な人物だったのです」

「テストで一等を取ったのです」

読み物ならば、これが自然な表現でしょう。でも、普段、誰かと会話しているとき、このような表現をするでしょうか?おそらく、こう言うのではないでしょうか。

「意外な人物だったです」

「テストで一等を取ったです」

微妙なニュアンスの違いではありますが、会話調にすることで、話し手と聞き手の距離感がグッと近づきます。

ところが伊藤さんの場合、伊藤さんの手話と、手話通訳の方の言葉が一体となってスピーチが繰り広げられます。

素朴な疑問がわきました。

 

「このような微妙なニュアンスは、手話ではどう伝えるんだろうか…?というか、伝わらないのでは??」

 

きっと、手話ではニュアンスは伝わらなくとも通訳の方が、会話調に調整して訳すように意識していただけば良いのかな、と私は考えていました。

大きな間違いでした。

 

手話は手だけではない!

まず、日本で使われている手話について少し理解を深めるため、伊藤さんのインタビュー記事から、手話についてご説明されている個所を抜粋しましょう。

手話には大きく分けて「日本手話」と「日本語対応手話」の2種類があります。

「日本手話」はろう者のコミュニティで育ってきた独自の言語で、主に幼少の頃に獲得した人が使うものです。日本で多くの方が使用している日本語とは別の文法や構造となっています。私も「日本手話」を使っています。

一方の「日本語対応手話」は、主に病気や加齢などにより途中で聴覚障害になった中途失聴者や、難聴者に多く使われているコミュニケーション手段で、日本語と同じ語順で発声しながら、手話単語や指文字を並べて表現します。「日本語対応手話」は、日本語の文法に沿って表現されるため、「手指日本語」と呼ばれる場合もあります。

「日本手話」は手以外も使って表現しますが、「日本語対応手話」は基本的に手と口形のみで表現しています。

「日本手話」は手の動きだけでなく、NM表現(※1)と呼ばれる顔や肩などの動き、眉の動き、目の開き方や視線などが重要な役割を果たします。

例えば、手話単語で同じ「お米」を表していても、NM表現によって「お米なの?」とも、「お米はどこ?」にもなるんです。

1.NMはNon-Manualの略。日本語では非手指表現とも呼ばれる

詳しくはこちらのインタビュー記事をご覧ください:

日本財団

「手話歌」というジャンルの動画があり、それに違和感を持つ人たちがいます。その背景に手話文化への無知があるとのこと。…

伊藤さんは「日本手話」を使っていらっしゃり、今回のTEDxTIUでも「日本手話」でスピーチをされています。

手話を見ているととても速いスピードで手が動いているので、なかなか気づかないかもしれないのですが、良く観察していると、実は手だけではなく、腕、肩、口や目など顔全体の表情、など、非言語コミュニケーション、つまり、上半身をすべて使ってコミュニケーションを取られているのです。

「でも、ボディーランゲージとかジェスチャーだと、やはり感覚的なあいまいな表現にとどまるのではないか…やはり「音声言語としての日本語」に比べると、精度は劣ってしまうのでは。」

これも大きな大きな間違いでした。

(ちなみに、「日本手話」ではなくて、「日本語対応手話」の場合は、伊藤さんによると「少し日本語を学んだ外国籍の方が、片言の日本語で話しているような感じ」にとどまってしまうようです。この記事では、伊藤さんが使っていらっしゃる「日本手話」のことを指してお話ししています)

手話はとても低コンテクスト

TEDxTalkの前日、リハーサルの様子をリモートで繋げ、最終調整のコーチングをさせて頂いたのですが、準備をお待ちしている間に、手話通訳の小松智美さんとしばらくお話しさせていただく機会がありました。

手話通訳者、小松さんを交えたリハーサルの様子

そこで小松さんに先ほどの疑問について、質問してみました。

「このような微妙なニュアンスは、手話ではどう伝えるんですか…?というか、伝わらないのでは??」

小松さんの回答に私は驚きました。

「日本語って高コンテクストだから曖昧ですよね。でも日本手話では、目の開き方とか眉毛の上げ方とか、非手指表現を存分に使って、非常に具体的に表現するんです。とても低コンテクストなんですよ。」

小松さんから「低コンテクスト・高コンテクスト」が出てきたことにも驚いたのですが、「非常に具体的に表現」というところにとても驚きました。

「例えば音声の日本語で、「そのコップ取って」と言うとするじゃないですか。手話通訳をする場合、その「コップ」とはどういうコップなのか、グラスのコップなのか、取っ手が付いた陶器のマグカップなのか、ビヤマグなのか、そこをしっかりと具体的に表現するんです。そうでないと、伝えようとしている内容を誤解して受け取ってしまうこともあるんですね。だから手話通訳するとき、しっかりと具体性を持たせて伝えるように、低コンテクストな通訳をしているんです。また、ろう者の方も、誤解のないように、細かい部分を都度確認する、というような文化もあると思います。そうやって、しっかりと伝える、伝わるように普段から意識しているんですね。」

なるほど!!!

実は今回のTEDxTIUでは、4名の方のコーチングをさせて頂いていたのですが、伊藤さんが断然「確認度合い」が高く、予定の確認から、原稿の細かい部分の調整・確認、最終リハの確認まで、細かくやり取りされていたんです。コーチの私としては、「やる気があって素晴らしい!」と嬉しく感じていたのですが、なんとこのような、ろう文化が背景にあったとは!!

そして、その文化の違いをしっかりと理解したうえで、日本人聴者の高コンテクストと、ろう者の低コンテクストの違いを自在に操り、聴者ーろう者間のコミュニケーションを正確に、分かりやすく、スムーズに同時通訳する手話通訳者…すごくないですか?!?!手や指はもちろん、非手指表現でこんなに細やかに伝えることができるなんて。奥深い!!!!

これを知って、やや興奮気味に、「すごいですね!」を連発してしまいました。(笑)

そして、上述の、

「意外な人物だったです」→「意外な人物だったです」

「テストで一等を取ったです」→「テストで一等を取ったです」

の微妙な違いをどう手話で表現しているのか、伊藤さんにもお尋ねしてみました。

「日本語の要素がそのまま日本手話に一対一で当てはまるわけではなく、全体のテイストを翻訳したという感じかなと思います。
口語調ということで、日本手話を柔らかめでフランクな表現をするように心がけました。」

前述の、NMと呼ばれる、非手指表現で口語調を表現する、という工夫をなさったようです。

そしてこのような微妙な違いなど、「ろう者の方ご自身の中にこう読んで欲しい日本語がある場合、手話通訳者は、ご本人チョイスの微妙な違いを表現できる音声日本語を選択しなければならないので、脳内が一致していないと難しい」と小松さんはおっしゃいます。通訳は手話ができればいいというだけではないのですね。ろう者の方が、何を、どのように伝えたく、伝わってほしいのか、綿密にやり取りしながら確認し、クリエイティビティ―を働かせ、「伝わる」表現を探り当てる弛まぬ努力を行うからこそ、異文化におけるコミュニケーションバリアが取り除かれていくのでしょう。

伊藤さんのTEDxTIUのメッセージでもある、「コミュニケーションバリアを取り除くためには、相手に関心を持ち、理解を深め、思い込みを取り除くことが大切」はもちろんのこと、私は聴者ーろう者の異文化コミュニケーションの世界に一気に引き込まれました。

☆☆☆☆☆

伊藤さんのご著書、「マイノリティ・マーケティング」はこちらです。

マイノリティ自身が、マーケティングの手法を用いて社会を変えるノウハウをお伝えする本で、多くのマイノリティに勇気を与える本に仕立てられています。

また、上記でご紹介した伊藤さんのインタビューの中にも出てきますが、2023年12月にNHKで「デフ・ヴォイス法廷の手話通訳士」(外部リンク)というドラマが放送されました。このドラマにはろう者の俳優が20人程度出演しており、番組制作にあたり、手話通訳の小松さんもアドバイザーとして入られていました。

是非皆さんも、関心を持ち、理解を深め、思い込みを取り除いて、コミュニケーションバリアを超えてみませんか?

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