日本のワクチン接種率の低さを異文化理論から読み解く

「信元夏代のスピーチ術」編集長 信元です。
先月6月15日、ニューヨーク州のクオモ州知事は、コロナウイルスのワクチン接種対象者(18歳以上)の70%が最低1回接種したことにより、様々な制限を解除する、と発表しました。アメリカ全体では55%強ですので、ニューヨークはアメリカの中でも特にワクチン接種が進んでいる州、と言えるでしょう。一年前の戦場のような状態だったニューヨークから考えると、信じられないほどの回復ぶりです。
一方日本では、オリンピックを目前に控えた7月13日時点でも、ワクチン接種率(少なくとも1回接種)はいまだ31%とのこと。
なぜ日本でのワクチン接種率がいまだ低いのでしょうか。これを異文化理論から読み解いていきたいと思います。
ここで大前提として、以下の3点の立ち位置を明確にしておきたいと思います。
 
本コラムの前提立ち位置
①接種率の低さをどう判断するのか、そして、自分が接種するかどうかは個人の責任と判断にもよりますので、ここでは「ワクチン接種すべきか」という議論から離れます。
②接種率が低い原因には、医療関係者の不足や物流問題、政府の推進施策、等、多様な問題が入り組んでいますが、ここではあえて、「異文化理論」に絞り込んだ視点から考察していきます。
③異文化理論は、「国」という個人の集合体を単位に議論がされますが、あくまで、集合体全体の大きな潮流を理解するための「入口」として捉える助けとなる考え方として引用しています。日本、あるいは日本人をステレオタイプ化するものではありません。
 

ホフステードの6次元モデル

ホフステードの6次元モデルとは

オランダの社会心理学者であるヘールト・ホフステード博士は、「国民文化」という曖昧なものを数値化して比較理解するモデルを考案すべく、1960年代の後半から1970年代にかけて、世界のIBM社で働く社員の価値観や動機付けに関する調査結果を行いました。ホフステードは、「高コンテクスト・低コンテクスト」で有名なエドワード・ホールと並び、異文化文化経営の研究領域において世界的なパイオニアとされています。

「高コンテクスト・低コンテクスト」については過去のこちらの記事をご参照ください:

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先月6月15日、ニューヨーク州のクオモ州知事は、コロナウイルスのワクチン接種対象者(18歳以上)の70%が最低1回接種したことにより、様々な制限を解除する、と発表しました。 一方日本では、オリンピックを目前に控えた7月13日時点でも、ワクチン接種率(少なくとも1回接種)はいまだ31%とのこと。 なぜ日本でのワクチン接種率がいまだ低いのでしょうか。 多様、かつ、複雑な原因が入り組んでいるものの、この現象を、あえて異文化理論から読み解いていきます。

【第4回】「言葉と文化の壁を越えるソリューション」

ホフステードの6次元モデルは、実は元々「4次元モデル」でした。異文化による価値観の違いを表すスコアは、「集団主義的傾向・個人主義的傾向」、「不確実性要素の回避傾向」、「権力格差」、「女性性・男性性」、の4つとされ、長年このモデルが使われてきました。

しかし時代の変化と長年の研究の成果により、この「4次元モデル」には「短期志向・長期思考」が加わって「5次元モデル」となり、更に近年、「人生の楽しみ方」という6つ目の次元が加わり、現在は「ホフステードの6次元モデル」として知られています。

6次元モデル by Hofstede Insights Japan
6次元モデル by Hofstede Insights Japan

個人は多かれ少なかれ、周りの環境、特に所属している集団から影響を受けます。日本という国レベルの集団を見たときに、この集団がどのような特徴を持っているのかを知ることで、日本人という個人が、日本という国としての集団の中で、どのように影響されるのか、理解しやすくなります。

不確実性要素の回避傾向とは

このホフステードの6次元モデルの中で、今回注目したいのが、「不確実性要素の回避傾向」です。
この先、何が起こるのか、誰も知ることはできませんが、「未来は不確実である」という事実に対してどう向き合うのか、が国の文化によって異なってきます。「未来に何が起こるのかわからない」というあいまいで未知、予測不可能な状況に不安と脅威を覚え、ストレスにさらされることを回避しようとする次元を「不確実性要素の回避傾向」といいます。つまり、ある文化に属する人が、不確実で未知の状況に対して不安を感じ、それを避けるために、信仰や制度を形成している程度、のことです。

「不確実性要素の回避傾向」が「高い」強い国では、沢山の成分化された規則や制度を作ることで予測可能性を高め、不確実性を回避できると考え、行動します。このような文化では、人々が不安やストレスを感じやすく、それをできるだけ避けるために、ルール、仕組み、約束事を感情的に必要としているため、日々の生活の中にも様々な慣習的な規則や暗黙の了解などが沢山あります。

ホフステードの公式日本組織、ホフステード・インスティテュート・ジャパンによると、「不確実性要素の回避傾向」を次のように説明しています。

Hofstede Insights Japan「文化とマネジメント」公式ページ

ホフステードは、ある国で生まれ育った人々の物事の選好が、国ごとにどう異なるかを6つの次元(切り口)に体系化し、目で見るこ…

不確実性の回避度が高い国の特徴

  • 人生に絶えずつきまとう不確実性が脅威。それを取り除くために形式、ルール、規則が必要とされ、構造化された環境を求めます。
  • ストレスが高く、不安感があります。
  • トップマネジメントは日々のオペレーションにフォーカスします。
  • 医師や弁護士など、「その道のプロ」である専門家を信頼する傾向がある。
  • 学生は「正しい答え」を求め、教師が全ての回答を示すことを期待します。
不確実性の回避度が低い国の特徴
  • 人生とは不確実なもの、不確実なことが自然。ルールや形式、構造にはこだわりません。
  • ストレスも低く不安感もそれほどありません。
  • 専門家や学者より、常識や実務家を信頼する傾向があります。
  • 学生は学習のプロセス(自由で良いディスカッションの場)を求め、教師が「わからない」と答えても気にしません。
世界のスコア 不確実性の回避傾向 by Hofstede Insights Japan
世界のスコア 不確実性の回避傾向 by Hofstede Insights Japan

不確実性要素の回避傾向が極度に高い日本

日本は世界の中でも最も「不確実性要素の回避傾向」が「高い」国の一つとなっています。

現在のワクチン接種率の低さは、まさにそれが如実に表れている、と言えるでしょう。

「不確実性要素の回避傾向」が高い文化の日本人にとっては、開発されたばかりのワクチンに対し、利点やベネフィットよりも懸念点やリスクに目が行く傾向にあります。その結果、どんなに利点があると分かっていても、リスクを回避したいという気持ちの方が勝ってしまうわけです。十分にリサーチ結果も出ていないものを、しかも自分の体の中に入れる、そんなリスクは取れない、あるいは、副作用が悪化するかもしれないリスクを取りたくない、そんな気持ちになるのでしょう。

一方、不確実性要素の回避傾向が低いアメリカのような文化では、リスクがあるのは当然だからどっちのリスクの方を取るべきか、と、リスクありきでベストな意思決定をしよう、あくまで個人の責任で、という考え方ですから、予めリスクに対して最低限の準備をしたうえで(副反応に備えて休みを取っておく、鎮痛剤を用意しておく、など)、行動しないリスクよりも、行動するリスクを選ぶのです。

日本のメディアのコミュニケーション戦略

現在のコミュニケーション戦略は「不確実性要素の回避傾向」を更に高めている

「不確実性要素の回避傾向」の「高さ」を更に煽っているのが、日本のメディアのコミュニケーション方法でしょう。
雑誌やテレビ、SNSなどでも、「打ったことでこんな被害があった」という、「リスク」強調型の記事や情報が蔓延しています。
スターウオーズのダークフォースではないですが、ネガティブはポジティブよりパワフルで、人の感情を支配しやすいものです。もともと「不確実性要素の回避傾向」が高い日本人に対し、更にリスクを強調したコミュニケーションをとることで、一層「不確実性要素の回避傾向」が高まっていく、という悪循環に陥ります。
なぜ日本のワクチン接種率が上がらないのか?政府のやりかたや医療システムの仕組み、物流の仕組み…諸々原因はあるものの、最後の砦は、一人一人の感情です。「不確実性要素」を出来るだけ取り除くようなコミュニケーションにシフトしないと、仕組みが解決されても、根本的な課題の解決にはつながらないことでしょう。

ワクチン接種率を高めるために取るべきコミュニケーション戦略とは

ワクチン接種率を日本で高めようとするならば、あるいは、リスクに対して精神的ブロックがかかってしまうようなことに対して行動を起こさせようとするならば、「リスク」への敏感度を逆手にとって活用することです。
つまり「打たないリスク」、「行動しないリスク」を「行動するリスク」よりも大きい、ということを熱量をもって伝え、危機感を感じてもらって行動に移させるコミュニケーション戦略です。基本的に、人は望ましい「明るい未来予想図」を伝えることで行動を起こしやすいものですが、グローバルパブリックスピーキングの観点から異文化理論の要素を考慮すると、「明るい未来予想図」だけでは不十分なこともあります。
人の心を揺らす手法には、大きく二つあります。

1.シルバースプーン手法

「シルバースプーン」とは、生まれてきた赤ちゃんにシルバーのスプーンを使って食事を与えるような裕福で何不自由ない生活を象徴するもので、アメリカで“Born with a silver spoon”というように良く使われる表現です。グローバルパブリックスピーキングの観点からは、これは、相手の心に、望ましい「明るい未来予想図」を焼き付ける手法、ということです。つまり、「私がこのスピーチでつたえたメッセージを実行するならば、あなたにはこんな素敵な明るい未来が待っている!」と、気持ちを持ち上げるような方向性のコミュニケーション手法です。

2.バーバルナイフ手法

その反対がバーバルナイフ手法です。「バーバル・ナイフ」、つまり、「言葉の刃」。言葉で相手の心をグサッと刺す、と言う意味です。「もしあなたが、私がこのスピーチでつたえたメッセージを実行しないならば、こんな現実が待っている…」と、危機感・早急性を醸成して行動に繋げる手法です。
シルバースプーン手法、バーバルナイフ手法、いづれも単独で使うだけでも効果はありますが、組み合わせて使うと、心の振れ幅がより大きくなり、更に効果的になります。
「不確実性要素の回避傾向」が「高い」文化の人たちには、リスクに対して敏感な反応を示すため、シルバースプーンで未来予想図を見せながらも、「行動しないリスク」を訴えかけるバーバルナイフ手法の方が効果的なケースが多々あります。
ワクチン接種に関しては、今までのところ日本のメディアは「打つリスク」を強調して「不確実性要素の回避傾向-高」を更に煽っていますが、それよりも大きな「打たないリスク」を更に強烈に焼き付けるバーバルナイフ手法にこそ、心がなびくのではないかと考えられます。
一方で、コミュニケーションだけでも社会的な問題は解決されません。効果的な仕組みを作ることで、コミュニケーションや行動傾向に影響を及ぼす、というのも事実です。

不確実性要素の回避傾向がやはり高いフランスやギリシャは…?

世界各国のワクチン接種率を見ると、「不確実性要素の回避傾向」が日本と同レベルに「高い」とされているフランスやギリシャでは、50%以上の接種率で、日本の31%から大きく前進しています。
なぜなのでしょうか?
興味深いのは、「不確実性要素の回避傾向」が「高い」フランスやギリシャでは、その回避傾向を封じ込む施策を取っている、と言う点です。
フランスとギリシャは、7月12日、医療従事者らのワクチン接種義務付けを発表しています。
フランスのマクロン大統領は、「状況次第では間違いなく、フランス人全員にワクチン接種を義務付けるかどうかを自問しなければならなくなる」とも述べていて、国民全員に接種を義務付ける可能性も示唆しています。また、 ギリシャのキリアコス・ミツォタキス首相は、介護施設職員のワクチン接種を義務付けると共に、接種を拒んだ職員は8月16日から停職処分、9月からは公立・私立を問わず、医療従事者全員に接種を義務付ける、と述べています。 ミツォタキス首相はさらに、7月16日から8月末までは、ワクチンを接種した人のみが、娯楽施設やバー、劇場、映画館といった屋内商業施設に入場できる、と発表しています。
「不確実性要素の回避傾向」が「高い」文化の人々を「動かす」ためには、コミュニケーションのみでは限界もあることでしょう。そのようなときは、逃げられない制度・仕組みを作ってしまう、という力づくの方法を取ることで動かす、という手法もあるのだ、という良い例ではないかと思います(ただし、行動させることが集団全体の利益になる、というケースにおいて、という大前提のもとに、です)。
繰り返しますが、ワクチン接種率の高さは様々な制度や仕組み、その他の要素も絡んできますので、文化的要素、ましてはコミュニケーション手法はほんの一部の要因でしかありません。理想的には、ハードとソフト、仕組みとコミュニケーション、双方が効果的に作用しあうことで、人を、社会を、世界を動かしていくことができるのだと思います。
でもこのようにしてあえて異文化理論のモデルと照らし合わせてみてみると、なかなか興味深い側面も見えてきますよね。
皆さんはどうお考えになりますか?
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