ラジエーションハウスII(窪田正孝主演)に見る日本人にありがちな非言語コミュニケーション 誤解を生まないコツ

昔、「男は黙ってサッポロビール」というコマーシャルがあった。黙っていることに美意識を感じるのは、日本人の特に昭和生まれの男性に共通する傾向ではないだろうか。全般的に、日本人の多くは「あまり口数は多くない方がかっこいい」と思い、伝統的には「男は無駄口をきくものではない」と育てられる。沈黙をぎこちなく感じたり、何かがうまくいっていない兆候だとは思わない。

これに対してアメリカ人は、頭の中にあるものは全て言語化する傾向が強い。知っているのにそれを言わないことは不誠実だと信じる価値観のもとに行動している。その結果、彼らは口数が、日本人と比べると多くなり、日本人が「無駄口」と感じるものを多く口にする傾向がある。

医療ドラマ、ラジエーション・ハウスII(窪田正孝主演・フジテレビ)の第5話(111日放送)を見ていて思ったことがある。「やっぱりこの日本人管理者は『言わぬが花』だと思っている」と。

この「何を言って、何を言わないか」という言葉の選択の違いは日米の文化間では大きいと思う。そこで今回は、非言語コミュニケーションによる異文化間の誤解、特に「話す内容」の選択に関する解釈の違いにフォーカスし、そこから生じる誤解について、なぜ起きるのか、どう対処したらいいのかを紹介したい。以前の記事で、「非言語コミュニケーションとは何か」「それを起因とする誤解」「外国人と上手にコミュニケーションをとるコツ」について解説したので、それも合わせて参照されるとより分かりやすくなると思う。

 普段の意識的、無意識的にしているちょっとしたことが誤解に繋がる可能性があるので、外国人と仕事をしたり接する機会の多い方におすすめだ。

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「言わぬが花」を選んだ技師長(遠藤憲一)の苦悩

 ラジエーションハウスで、私が関心を持った場面のストーリーはこうだ。

 ある日、遠藤憲一演ずる放射線科の技師長が院長に呼ばれる。「病院では経費削減をしなくてはいけない。人件費削減は必須だ。放射線科の売り上げは低すぎる。だから早期退職者を一人選んで欲しい」とリストラすることを要求される。だが、技師長は「あの仲間がいるからこそ高品質・高精度の医療画像が撮れる。誰ひとり欠くことは出来ない」と反論。しかし、「これらの課題をクリアーできなかったらリストラは避けられないぞ」と院長から条件を突きつけられる。

 仕方なく、技師長はスタッフにその課題を宣言する。「これからは、経費を節減し、売り上げアップをしなくてはならない。そのためにセレブ層対象のプレミアム人間ドックを導入する」と。

 唐突なタイミングでそれらを告げられたスタッフたちは、経費を節減する具体案や、「売り上げアップのための人間ドックなど意味がない」と、技師長の方針一つひとつに反対し、不満を口にし、技師長を攻撃の槍玉にあげる。

 私が注目したのは、この宣言をする時、技師長は「なぜか?」という肝心なリストラのことを言わないで、その手段・方法だけを話していること。

 これは明らかに、リストラに言及することで、スタッフに要らぬ心配や憶測をさせ、動揺させることを避けるための技師長の配慮だ。それゆえ、スタッフからの反対と院長の要求の狭間に立ってしまう。これには、技師長の「絶対に誰もクビにはしない」という固い決意や仲間意識、ヒューマニズムを感じさせ、いわゆる男気を感じさせてくれる。私は、この場面を見て、「似たようなことが日本ではたびたび起きる」と感じた。

「言うべきか・言わざるべきか」日米の違い

 私が感じる日本で起きる似たようなこととは2つある。一つは医療現場における告知の問題。また一つは、飛行機で海外へ旅行する時の機内でのアナウンスの問題だ。

医療現場での告知

 例えば、ガンの告知などは、最近ではすぐに告知する医者も増えたが、以前日本では、患者本人には伏せておくケースが圧倒的だった。つまり肝心なこと(ショックなこと)は言わない方がいい、と思う思想が背景にある。

 一方で、アメリカでは、包み隠さず、かなりショックであることは分かっているが、あえて包み隠さず全てを話すのが常識だ。その方が誠実だと解釈されているためだ。

国際線での機内アナウンス

 もう一つの例は、国際線機内でのアナウンス。日本語の放送の後、英語でも放送される(会社によっては逆)ので、バイリンガルの人にとっては違いが顕著になる。

 内容にもよるだろうが、例えば、一度成田を出発したが、エンジンの故障のため、途中で成田に戻ることになったとしよう。この場合、英語の放送では、一部始終を全部話してくれる。しかし、日本語では、要点だけを話す。アメリカン航空を利用した時、最初英語での放送を、日本人である私は「これを全部話したら、パニックになる日本人は多いだろうな」と思って聞いていた。その後日本語の放送になったら、案の定、最低限の情報しか伝えてなかった。

 これはひょっとしたら通訳・翻訳の都合かと思ったが、日本航空の国際便に搭乗した時にも同じことを感じたので、これはきっと文化の違いによるものだと確信した。

 つまり、日米で比較した時に(最近では、英語と日本語の伝え方の違いの差は少なくなったように感じるものの)日本では、聞き手の感情を配慮して、憶測や混乱をきたすような情報を伏せる傾向にあり、アメリカでは、その価値観の違いから、すべてを話す傾向にあるということだ。

なぜ誤解が起きるのか?

異文化間コミュニケーションではまず違いを認識する

 私は、上記二つのどちらの例をとっても、文化の違いがあるので、伝え方の違いはあって当然であり、それぞれ適切な判断だと思う。しかし、それをさまざまな価値観が存在する場面でのコミュニケーション、例えば外国人との会話では、誤解が生まれやすいだろう、と感じる。

 特に、アメリカ人と日本人のように、低コンテキスト文化と高コンテキスト文化という違う背景を持つ二者のコミュニケーション時に起きる誤解は避けられないだろう。

低コンテキスト文化と高コンテキスト文化

低コンテキストとは、言語コミュニケーションに大きく依存し、言葉以外のものはあまり考慮しない「言葉の文化」のことだ。コンテキスト(文脈)への依存度が低いので「低コンテキスト」と呼ばれる。エドワード・ホールの分類によれば、欧米諸国はこの低コンテキスト文化に属する(スイス、ドイツ、米国、UKなど)。

高コンテキストとは、非言語コミュニケーションに大きく依存し、日本でお馴染みの「察しの文化」とも呼ばれるもので、「普通空気読むだろ!」みたいな発言につながるものだ。コンテキスト(文脈)への依存度が高いので、「高コンテキスト」と呼ばれる。中国、メキシコ、ブラジル、ロシアの人たちは、高コンテキスト文化圏だ。日本は、この高コンテキスト文化圏に属し、一番その度合いが強い

このように、二つの文化は大きく価値観が違う。単純化して言うならば、一方は言わぬをよしとする文化であり、一方は言うべきが誠実とする文化なのだ。だから、誤解が生じて当然とも言える。

高コンテキスト・低コンテキストに関してはこちらの記事も参照されたい:

「なんでその時に言わないのか!」 とアメリカ人上司に怒られる日本人部下。外資系やニューヨークで働く日本人にはよくあるシーンだ。  これは、ミーティングが終わったすぐ後、もしくは、しばらく経った後に、日本人部下がアメリカ人上司に、例えば、[…]

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どんな誤解が生まれるか

日本人の発言に対してのアメリカ人の反応

 例えば、スタッフにアメリカ人スタッフがいたとして、ラジエーションハウスで技師長が「これからは、経費を節減し、売り上げアップをしなくてはならない。そのためにセレブ層対象のプレミアム人間ドックを導入する」と宣言をしたらどうなるだろうかを、私の経験から想像してみたい。この場合、典型的なパターンでは、多分そのアメリカ人は

「目的は何ですか? なぜ突然そんなことを言うのですか? 理由を教えて欲しい」

と議論を求め、技師長に詰め寄るだろう。中には感情をあらわに出す人も多いだろう。実際にドラマでもスタッフからそのような質問は出た。その時の技師長の反応は、リストラという一番の理由は言わずに、ただ経費削減、売り上げアップのことを繰り返しただけだった。

 この反応だと、アメリカ人スタッフなら、質問に率直に答えてくれなかったことや、はっきりした目的・理由が曖昧なため、自分たちの存在感が否定されたと誤解し、一方的な通達だと感じ、やる気をなくし、やらされ感が強くなるだろう。そして、技師長に対して不信感を募らせるはずだ。「技師長の本意は何だろう?」という想像を働かせるような行動は、一般的に言ってほとんどないだろう。

 それとは逆に、情報量が少ないが故に、それを言葉通りに受け取り、もし、もともとそのような考えが本人にあるとしたら、セレブ対象の人間ドック導入に賛同し、積極的になるアメリカ人も、まれにあるかもしれない。

アメリカ人の発言に対しての日本人の反応

 もし、この技師長がアメリカ人だったらどうか。きっとリストラのことを含め、すべてを悲しそうに話すだろう。これに対して、日本人が聞き手だったら、話し方を失敗すると、リストラという事実に対して必要以上に悲観的な態度を取ったり、自分がリストラされないように他の人の足を引っ張ったり、いらぬ憶測を巡らせたりして、混乱するのではないか。

 この「いらぬ憶測」が曲者だ。アメリカ人とっては、言った言葉がすべてだ。しかし、それに対し、日本語には、高コンテキストであるが故に、言外に含む意味が想像以上にある場合が多い。だから、「彼はああ言ったが、実はこうなんじゃないか」などと勘繰ってしまう。その結果、アメリカ人の言ったことが曲解される場合がある。一方で、アメリカ人にはなぜ曲解されるのかが理解できないので、ここに誤解が生じる。

 これらのことは、もちろん個人差もあるので、必ずこうなるということではない。ステレオタイプを広げてしまうことは不本意だが、相手の情報があまりない場合などには、判断材料の一つとなるので、役に立つと思う。

対策:日本人がアメリカ人に重大なメッセージを発信する場合

  1. 文化的違いをシェアし、違いがあることをあらかじめ相手にも認識してもらう。
  2. 理由や背景・目的をしっかり説明する。特に「なぜか」が相手に納得できるように、できるだけ論理的に(図などを利用して)はっきりと毅然とした態度で話す。大きな目的が裏にあることを具体的な例を持って話すと理解されやすい。

(1)は、この記事にあげた事例などを紹介し、過去こんな誤解が生まれたこともあるので、ひょっとしたらこれから話すことで、文化の違いにより、誤解が生まれるかもしれないことをあらかじめ説明しておく。事前に話すことで、相手にもし誤解があった時に、後で誤解が解きやすくなる。このことはことの他、お互いを理解するために重要である。

(2)は、「言いにくいことを言うんだから分かってくれ」という甘えや、「言わなくてもきっと分かってくれる」というあり得ない期待は決して持たないこと。さらに、「言わないでおこう」と思うことは言ったほうがいい、ということでもある。日本人にとってはかなり勇気がいる行動かもしれない。でも、言わないで誤解されるよりも、言ってから誤解された方が、誠実さが伝わる場合が多いのは事実だ。

対策:アメリカ人から日本人が重大なメッセージを受け取る場合

  1. 文化的違いをシェアし、違いがあることをあらかじめ認識しておく。その場で質問できずに、後で質問するかもしれないことの了解を相手に得ておく。
  2. アメリカ人にとっては言ったことがすべてなので、拡大解釈をしない。もし懸念があるなら、なるべくその場でそれを言葉に表して解決するようにする。

(1)は、文化の違いにより、日本人の多くは、悲しみや抗議など言葉に出すことに慣れていないことをアメリカ人にあらかじめ伝えておくと良い。後々のコミュニケーションがスムースになる。

(2)は、アメリカ人は、日本人が何も言わないと意見がないと思い、もしくは、日本人が沈黙をしていると、無視されたと思いがちだ。だから、悲しかったり、怒ったりしているなら、それを表情や感情にあらわに出してもいいし、具体的に言葉に出した方がいい。その場で忌憚なく、率直に、何でも意見を述べた方が喜ばれる。

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