「信元夏代のスピーチ術」編集長 信元です。
2025年1月20日、ドナルド・トランプ新大統領が就任し、早速、連邦政府内のダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルージョン(包摂)(DEI)プログラムを終了する大統領令に署名しました。さらに、トランプ大統領は、連邦政府が公式に認める性別を「男性」と「女性」の2つのみとする方針を打ち出し、性別認識に関する政策の撤廃を目指しています。これらの措置は、バイデン前政権下で推進されたDEIプログラムを逆転させ、「実力主義」に基づく採用を優先することを目的としています。
DEIはもう時代遅れ、という声も多々聞こえてきます。でも私は、真の課題は、「DEIが時代遅れなのか」ではなく、「どう進化させるか」にあると考えています。
二分化される、企業のDEIへの姿勢
従来のDEIプログラムが時代遅れだ、という指摘は、一部正しい側面もあります。例えば、パフォーマンス的にDEIを掲げ、頭数を揃えるだけにとどまったり、トレンドに乗ったものの実際は表面的な取り組みに終わっていたりいるようなケースです。そのようなケースだと、投資対効果(ROI)の低下などが懸念点として挙げられることもあります。このような批判はDEIの本質的な目的を見落としています。
DEIの本質的な目的とは、多様な才能が真に活躍できる職場環境を創出する、ということです。マイノリティーを優遇する、という目的ではありません。
トランプ政権の政策転換や保守派の圧力、そして法的リスクの回避を背景に、企業がDEI施策を見直す傾向が強まっているのは確かです。
一方、DEIの支持者からは、これらのプログラムが公平性を確保し、制度的な不平等に対処するために重要であるとの反発が出ています。
そのような中で、DEI施策の見直しや再評価を進める企業も少なくありませんが、企業の動きは二分化されている、といえるでしょう。
DEIの促進を継続する企業:
- Apple: Appleは、DEIプログラムの廃止を求める提案に対し、取締役会が反対を表明し、引き続きDEIの取り組みを推進しています。アップルの取締役会は、「同社には適切な抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)がある」とし、反DEIプログラムの提案は不要だと主張しています。
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米アップルは、ここ最近多くの米国企業がダイバーシティ(多様性)への取り組みを打ち切る中で、その流れに逆らおうとしている。…
- コストコ:コストコも、1月23日に開く株主総会に出されたDEI施策の縮小を求める株主提案に反対する立場を、取締役会の全会一致で決定したと表明しました。そしてその理由として、「多様な従業員を受け入れることは、同様に多様な顧客の嗜好を理解することを助ける。顧客に店舗での『宝探し』の喜びを感じさせるのに不可欠だ」としています。
DEIの縮小を進める企業:
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マクドナルド: 2025年1月7日、マクドナルドはDEIに関するいくつかの取り組みを縮小することを発表しました。「多様性チーム」を「グローバル包摂性チーム」へと改称し、外部の多様性調査への参加を一時停止しているほか、米国内のリーダーシップ層における「過小評価されているグループ」の比率を2025年末までに35%にするという目標を撤回、更に、サプライヤーに対し、DEI目標の必達を求めることも終了しました。
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フォード・モーター: フォードは、多様性プログラムの推進に慎重な姿勢を示し、一部の取り組みを縮小しています。
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ウォルマート: ウォルマートも同様に、保守派からの圧力を受けてトランプ大統領就任を待たずに2024年11月、多様性支援の取り組みを中止する方針を示しました。
- メタ: メタもこの動きに追随し、2025年1月10日に社内通知を通じて、多様性採用、多様性サプライヤー支援、DEIトレーニングの終了、そしてDEI専門チームの解散など、各種DEIプログラムの終了を発表しました。
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日本経済新聞
米国の企業がDEI(多様性、公平性、包摂性)の看板を下ろし始めている。小売り最大手のウォルマートは推進策を修正し、マクド…
DEIが依然として重要な理由
Appleやコストコの動きはDEI戦略の重要性を再確認するものでした。同社の決定はDEIを促進するというコミットメントを再確認しただけでなく、同様の議論に直面する他の企業や組織にも、強力な前例を示したことにもなります。
私もこの動きに賛同しています。DEIを推進し続けることで、イノベーションを加速し、多様かつグローバルな労働力の期待に応え、企業として成長していく、と考えています。
- グローバル化:企業が国境を越えて事業を展開する中で、多文化理解や異文化間の効果的なコミュニケーションは不可欠です。DEIは多様な顧客層や市場のニーズを正確に把握し、適応する力を高めます。この「適応力」こそ、異文化コミュニケーションの成功に必要不可欠な要素です。文化的なニュアンスを理解し、異文化による色々な「違い」を超えて、チームをハイパフォーマンス・チームへと進化させることは、企業成長にも繋がります。
- 新世代の労働力の期待:ギャラップ社の調査によると、ミレニアル世代の75%、Z世代の80%が、雇用先を選ぶ際に多様性や包摂性のある職場環境を重視していると回答しています。しかし表面的なジェスチャーや単なる「多様性推進キャンペーン」を批判的に見るため、意味のあるDEIへの取り組みと透明性が高い行動を求めることを企業に期待しています。企業が新しい世代の人材や消費者にとって魅力的であり続けるために、DEIは重要な指標となっていくはずです。
- イノベーションと成長:多様性は創造性や業績向上につながることが多くの研究や実例で一貫して示されています。例えば、Harvard Business Reviewの研究によれば、多様性の高いチームは、一様なチームに比べてイノベーションを起こす確率が45%高いとされています。また、Deloitteの調査では、インクルーシブな職場文化を持つ企業は、従業員がより積極的に提案を行う傾向があり、それが競争優位性につながるとされています。
従来のDEIを超越し、進化していく必要性
DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)の複雑さを効果的にナビゲートするには、専門知識と洗練されたアプローチが必要です。進化したDEI戦略を成功させた組織は、チームの結束力向上、文化間のコミュニケーション強化、そして持続可能な成長といった測定可能な成果を達成します。
私は、Cross-Cultural Communication Strategist(異文化コミュニケーション戦略家)および多様性の高いチームのファシリテーターとして、文化の違いを超えて効果的にプレゼンテーションやコミュニケーションを行うためのリーダー育成を支援しています。また、私がプロフェッショナルスピーカーとしてアメリカで講演活動を行っている基調講演、「The Culture of One ~ Transforming Cross-Cultural Barriers into High-Performance Drivers」は、まさに、「従来型の”異文化コミュニケーション”から進化し、表面的な取り組みを超越し、異文化という障害をハイパフォーマンスの要素に転換していくための必要要素」についてお話をしています。
私の基調講演についてはこちらをご覧ください。
DEIの本質は、「時代遅れ」ではなく「進化」です。Appleやコストコが示したように、DEIを優先することは道徳的な義務であるだけでなく、今日のグローバル経済で成功するための戦略的必須事項なのです。